キュービックジルコニアの嘆き(10)
なぜか、今回のグリードが偽物だと知っている店側の様子をまざまざと見せつけられて、仕方なしに逃げ帰ってきたけれど。ブルローゼの大邸宅一室の更に奥、秘密のスペースで自分の作品を眺めては、ガックリと肩を落とすモホーク。
警察官の制服に、ロンバルディア陸軍に空軍の軍服。着れば魔法が使えそうな気がする魔法使いのガウンに、気取らない町人風の普段着。幼い頃から憧れていた怪盗紳士の礼服に、遊び心あふれる鮮やかな色味の道化衣装……どれもこれも、モホークが自ら生み出した自信作。だけど、どれもこれも……着ていく場所もなければ、出番もない。
(あぁ、僕は何をやっているんだろう。衣装を着たところで、別人になれるわけでも、超人になれるわけでもないのに……)
かの怪盗紳士は鮮やかな開錠テクニックと、卓越した頭脳、人離れした身体能力を持つとされる噂の超人。その上、宝石専門だけあってマスクに戦利品をあしらって楽しむ、茶目っ気まであるらしい。目撃者の話では、額に大粒のダイヤを輝かせていることもあったと言う。
そんな、マスク1つとっても贅を凝らしている怪盗紳士には、奥様の他に愛人までいるというのだから、呆れるやら、驚くやら。最近のジャーナルで彼の奔放ぶりを知った時、モホーク青年としては少しショックだったけれど。それでも……自分が作ったマスクにあしらったキュービックジルコニアを眺めては、今なら彼の衝動もほんの少しは分かる気がすると、ため息を漏らす。
(この世界には、本当に綺麗な人が沢山いるよね……。あぁ、彼女はキャロルさんって言うんだ……)
店にとって厄介者でしかない野次馬達にさえも優しく接していた、素朴な佇まいの美人。だけど、今となっては自分の軽はずみで彼女に迷惑をかけていると思うと、ほとほと遣る瀬ないし、情けない。それでも……次にお邪魔した時は話しかけてみようかなと、気弱な自分を叱咤しながら勇気を捻出してみるモホーク。前回に絞り出した勇気はちょっと、予想外の結果になったけど。だけど、行動を起こさずして後悔するのだけはゴメンだと……フルフルと何かを否定するように、首を振る。
(お店の様子を探るために……直接アタックしてみるのも、いいかも。だって……僕はもう、失恋したくないもの)
モホークがコンテストに出品した衣装は、かつて自身が一目惚れして……結果として失恋した、隣国の令嬢をイメージして作り上げた渾身の逸品。モホークがその隣国の令嬢・メヌエット・オルヌカン嬢を知った時には、彼女は既に婚約済みで……年下のモホークには到底手の届かない、高嶺の花だった。
要するに恋をする間もなく、呆気なく失恋したことになるのだが。一応の貴族であるだけで、見た目も中身も極々平凡なモホーク青年にしてみれば、一瞥さえももらえない状況に、ありのままの自分では見向きもされないのだと、立ち直れないくらいに絶望したものである。
それでも、気持ちを切り替えねばと……悔しさと苦い思い出とをバネに、無我夢中で洋服作りに明け暮れてみたものの。その時に味わった、ミシンを駆る高揚感のなんと素晴らしいことか。
(なんか、こう……足を踏み込むだけで、ワクワクすると言うか。僕には馬じゃなくて、ミシンの鎧の方が合っている気がする)
そんな事を考えては、そう言えば明日は馬術の授業があったっけ……なんて、面白くも何ともない貴族の日常に引き戻されるモホーク。あまり体を動かすことが得意ではない彼にとって、馬術はできることなら避けたい訓練でしかない。




