キュービックジルコニアの嘆き(9)
(お店、今日はお休みかぁ……)
寂れていたはずの、古めかしいアンティークショップ。まるで面会謝絶とでも言いたげに、「CLOSE」のプレートを入り口に下げては……モホークの懸念など我関せずと、平然とした佇まいを見せている。そんな店の斜向かいからジットリと様子を窺えば。なんとか特ダネを得ようとウロウロしている新聞記者らしき暇人に混じって、これまた負けず劣らず暇らしい物見客まで店を囲う始末。あまりの盛況ぶりに、これはもしかして迷惑をかけているのだろうかと、変な気を揉むモホーク青年。店が注目の的になるのは、モホークにしたら好都合だが……どうも商売っけのないらしい店主にとって、珍しい盛況ぶりは歓迎するべきものではないらしい。
(……折角、今日は休講日なのに……。これじゃ、様子を見ることもできないじゃないか……)
わざわざ足を運んだのは、他でもない。店主がどんな人物なのかを探り出して、ある程度の傾向を掴もうと思っていたからだ。兄・ハドソンによれば、非常に不遜かつ傲慢な奴だと言うことだったが……さもありなん。情報源が自身も高慢なハドソンである以上、信憑性は限りなく低い。そんな兄の素行に頭を悩ませつつ、どうすればハドソンに家督を押し付けられるかを思い倦ねていると……モホーク青年の物思いを途切れさせるかのように、俄かに店の方が賑やかに沸き立つ。
「ちょっと、あなた……ここの店の人?」
「ねぇ、ねぇ! ダイヤモンドについて、聞かせてくれないかな?」
お店の人が帰ってきたらしい……と、様子を見やれば。モホーク自身もいつか散歩帰りの姿を見たことがある、可憐な雰囲気の女が、野次馬達を追い払うのにも苦労しているらしい。その姿を改めて窺っては、今更ながらにハッと息を飲むモホーク。彼女はまるで人形のように整った面立ちの、飛び抜けた美人。いくら頭の中で計画を練るのに忙しいモホーク青年でさえも、一瞬に虜にする魅力を十分に持ち得ている。
彼女の佇まいは一言で言えば、上品そのもの。透き通るような白い肌に、優しい色味のブラウンの瞳。冬の貴重な日差しを浴びて輝く赤毛はまるで、その場を照らして燃ゆるよう。更に彼女が身を包んでいるのは、程よく鮮やかな臙脂色のウプランドに、少し無骨なレザーのジャケットという一見、アンバランスな装い。しかし、トラディショナルでありながらも、ミリタリーな空気を見事に融合させた出で立ちは……ファッションに興味津々のモホークも、思わず感嘆せずにはいられない。
「すみません。私がお話しできることは、何もないんです……。申し訳ございませんが、本日は休業日です。お引き取り願えないでしょうか?」
「そんな事を言わずに。ちょっとくらい、いいでしょ?」
【グルルルルッ……!】
「うわっ⁉︎ なんだこいつ!」
「あっ、ジェームズ。唸ったら、いけませんよ。とにかく……ほら、お家に入りましょ?」
【……クゥン……】
招かれざる客を追い払おうと唸る愛犬と、それに怯まず詰め寄る記者達の両方を諫めながらも、ドアの前で彼女がマゴマゴしていると。何やらもう1人、キリリとライダースジャケットを着込んだ若い男がやってくる。そうして、ヘルメットを脱ぎながらも家に入れない彼女に声をかけるが……彼の眼差しの険しさに、今度はモホークもたじろいでいた。見た目はこちらも非常に整ってはいるものの。女の柔らかな空気とは正反対の、冷たい印象を受ける。
(……なんだろう、あの人……もの凄く怒ってる……?)
「……キャロル、どうしてこんな奴らにまで、しっかり対応しているのです……」
「すみません、ラウールさん……。ですけど、こんなに寒い中お待ちいただいていたのですから、無視するわけには……」
キャロルと言うらしい彼女の答えを聞いて、盛大にため息を吐くラウールと言うらしい男。そんなラウールが更に険しい表情を作って見せると、観衆達をいよいよ追い払おうと向き直る。
「本当に、下らないったらありません。何がそんなに面白いんでしょうかね?」
「だって、あの怪盗紳士ですよ⁉︎ この店……見た目は小さいけど、あのグリードに狙われるって事は、相当の秘密があるんじゃ?」
「そ、そうですよ! もしかして、地下室とか、隠し金庫とか、あるんじゃないですか?」
尾鰭が付くというのは、こういう事を言うのだろう。グリードが狙うからには、目も眩むような財宝があるに違いない。そんな虚妄に好奇心を乗せた失言に、さも滑稽だとラウールが肩を竦めながら答える。
「ありませんよ、そんなモノ。販売スペース以外にあるのは、軍用式バイクが収まっているガレージくらいです。あぁ……よければ、そっちをご覧になります? 場合によっては皆様をあちら様に引き渡し可能な事を、しっかりとご認識いただけるでしょうから」
「はい?」
「えっと……?」
恐ろしい事を吐きながら、意味ありげな笑顔を作る黒髪の男だが。その表情はまさに、悪魔の如し。口角こそ上がってはいるものの、目は笑っていないし……鼻筋に険しいシワを刻んでいる時点で、明らかなる怒りの形相だ。そんな嘲笑と怒気とを絶妙なバランスでブレンドした顔に、流石の記者や野次馬達も恐れをなしては……捕縛されては大変だと、一目散に逃げていく。
「……やれやれ。ここまでしないと、家にも入れないなんて。本当に……偽グリードにも苦労させられますね」
「ラウールさん」
「はい」
「……その不気味な笑顔、どうにかならないんですか?」
「えっ?」
「……ジェームズも怯えているのですけど……」
【キューン……キュンキュゥゥン……!】
意図せずついでに怯えさせてしまった愛犬をラウールがあやすように抱き上げ、ようやく一息入れられるとばかりにいそいそと家に入っていく店の住人達。その一部始終を見届けながら……彼がグリードに対して怯えない理由をしかと悟るモホーク。
(……今、偽グリードって言った? ……えっと。どうして、バレているんだろう……)
ここにきて計画が根底から崩れようとしているのに、更に焦るモホーク青年。根拠は分からないが、彼らは一律あの予告状が偽物だと知っているらしい。彼の計画としては第1段階でもある「怪盗紳士が現れる」の前提が意味を成していないとなると、計画に致命的な欠陥があると言わざるを得ない。なぜなら……。
(折角、怪盗と警察官の服を作ってみたのに……これじゃ、成り済ましもできないじゃないか)
……モホーク青年は服を作るのが好きであると同時に、コスチュームプレイマニアでもある。特にロンバルディア警察の制服は、着れば誰でも格好良く見えると評判の1着。無論、制服を勝手に作って警察官に成り済ますのは、犯罪なのだが。既に偽の予告状を出して、世間様をお騒がせしてしまっている以上……弱音を吐いている場合ではない事も、モホークは今更ながらに痛感していた。




