キュービックジルコニアの嘆き(7)
「はい、こちらアレクサンドリート宝飾店……って、ヴィクトワール様ですか。いかがしました?」
自分の笑顔が不気味らしい事も、とりあえず受け流し。ようやく2階から降りてきたキャロルと、鑑定士試験の話をしていると……早速、例の貴族様のことについて調べてくれたらしいヴィクトワールから、報告の連絡がある。そんな受話器越しの彼女の調査結果によると、ブルローゼ家には2人の跡取り息子がいるが、長男のハドソンはあまり評判がよろしくないらしい。そして、現当主のロンダックも次男・モホークに期待を寄せては、彼を貴族学校に入学させているのだという。
「……貴族学校、ですか。だとすると……モホーク様まだ十代ですか?」
『えぇ。モホーク様はまだ16歳の多感な少年みたいですわ。何でも、ハドソン様とは9歳も年が離れているとかで……あまり仲も良くないみたいですわね』
歳が離れていても、そうでなくても。あのハドソンが兄だった場合の心労は、相当なものだろう。仲良くしたくないのは、当然の摂理では……と、そんな極めて無礼なことを考えながらも、自身の兄はモーリスで良かったとラウールは思わずにはいられない。そう言えば、あの気弱な兄は今頃、どうしているだろうか。
『あぁ、それと。調査ついでにちょっと面白いお話が聞けましたから、子猫ちゃんにも共有しておきますわね』
「面白い話……?」
『そのモホーク様ですけど……とっても素晴らしい才能をお持ちみたいで、ハースト社主催の服飾コンテストで特別賞を受賞する程の才気溢れる方みたいですの。上品かつ、エレガント。それなのに、ちょっとアンニュイな毒気もある、繊細な色使いとシルエット。どれをとっても、他にはないデザインだと……彼のドレスはとっても好評だったみたいですわ」
「へぇ……服飾コンテストですか。その特別賞って、そんなに凄いんですか?」
『一企業が開催しているものですから、公的な権威はありませんが……最近のファッション界では、デザイナーの登竜門とまで言われる程に、注目度の高いコンテストみたいですわね。そんなコンテストで特別賞受賞となれば、将来は有望なデザイナーとして華々しくデビューも可能でしょう。ですけど……』
「あぁ。それは確かに、残念ですね。民間企業のハーストが主宰ともなれば、彼の作品はある意味で庶民のファッションとして認められた、ということでしょ? でしたら……折角の才能も、貴族という枠の中で埋もれてしまいそうですねぇ……。モホーク様はさぞ、お悔しかったことでしょう」
しかもですね……と、まだ続きがあるらしいヴィクトワールの報告によれば。どうやらモホークは両親に内緒でこっそりとドレスを仕立てては、勝手にコンテストに出品したらしい。きっと彼の方も、一種のチャレンジで気軽に参加したのだろうが……結果はある意味で、非常に喜ばしくないものだった。貴族が民間企業のコンテストに本名で参加した挙句に、特別賞を受賞したとなれば。由緒正しいはずの侯爵家としては、名折れもいいところである。
『そんな事もあって……大事な次男には余計なことを考えさせないために、ロンダック様は貴族学校に入学させた、というのが本当のところみたいですわ』
「……何でしょうね。貴族の家督って、そこまでして維持しなければいけないものなんですかね? それじゃぁ、まるで夢を諦めろと言わんばかりじゃないですか」
『そうですわね。私達からしてみれば、本当に嘆かわしい事ですわね。ですが、こればかりは仕方がない事なのです。貴族の家督は一族の誇り。栄華が自分の代で潰えたとなれば、先代達に顔向けできません。ですから……ロンダック様も息子の夢をへし折ってでも、家督を継続しようと必死なのでしょう』
それが貴族というものですわ……と、最後にヴィクトワールがどこか悲しげに呟いたところで、通話が途切れる。
守る意味を見いだせない古臭いしきたり、実の伴わない時代遅れの権威。そんなものを彼らが必死で継続しようとするのは、最終的には私財を確保するため。そんな事のために……私欲に塗れたレールの上からはみ出そうとしている少年の夢をいとも簡単に諦めさせては、雁字搦めに逃げ道さえも舗装するなんて。
「……大丈夫ですか、ラウールさん」
「あぁ、大丈夫。だけど……うん、ちょっと気晴らしがしたいかな……。そうだ。キャロル、そろそろノートも終わりが近づいているみたいですね。ですから、店はこのくらいにして、文房具店に行きませんか? ついでにジェームズの散歩も済ませてしまいましょう」
「えっ、いいのですか?」
「もちろんです」
そうして、道中でヴィクトワールからの話もしますよと、言いながら……店のプレートを「CLOSE」にひっくり返すラウール。店じまいには些か、早い気がするが。今日こそは彼女とのお喋りの時間を確保しようと、気分を切り替える。とは言え……。
(ブルローゼはシロですか? 今日はハドソンの方が買い物に来たし、モホーク様の方にもダイヤモンドを狙う理由が見当たりませんし……まぁ、使用人から漏れたセンも捨てきれませんけど)
だとすると、残りの有力な情報漏洩源はヴィヴィアンか。ハドソンも間違いなくお喋りな方だろうが、あのけたたましい様子からするに、彼女も相当口が軽いに違いない。そこまで考えて、次はヴィヴィアン方面を洗ってみるかと明日の出かけ先も早々に決定するラウール。兎にも角にも……用事に託けて、彼女達と色んな所に出かけるのは、悪くない。




