キュービックジルコニアの嘆き(6)
(不味い、不味い、不味いッ! あっ、今朝の紅茶は美味しかったけど……って、そうじゃなくてッ!)
午前の講義を無事に乗り切った後に、午後の講義を受けつつ……例の計画の事を考えては、頭を抱えたくなるモホーク。悩めるモホーク青年にこそ必要と思われる哲学の講釈も、彼の耳を右から左へ抵抗虚しく抜けていっては、余韻も残さず掻き消えていく。彼がそこまでネチネチと悩んでいるのは、他でもない。綿密に(と言いつつ、思いついたのは最近だけど)計画した、兄を反省させる手筈が台無しになりそうだからだ。
悩める青年のフルネームはモホーク・ブルローゼ。かの青薔薇侯爵家の次男坊であり、世間では麗し(ハドソン自称)の侯爵兄弟の片棒を担うとされる、ロンバルディア四大貴族の一員である。しかし、このブルローゼ家は四大貴族の中では小物とされている割には、不労所得でぬくぬくと暮らしているせいか……なかなかに世間様の視線も冷たい。
近年で取り立てた功績があるでもなし、ブランローゼのようなロイヤルネームの七光があるわけでもなし。しかも、昔年のライバルだと思っていたロッソローゼは傍系からヴィクトワールという騎士団長を輩出していることもあり、ますます勢い付いている。残るノアルローゼは現国王・マティウスの指揮下で、お得意の軍需開発で目覚ましい成果を上げており、こちらはこちらで非常に景気がいい。
(それなのに……兄上はいつもいつも、節操がないのだから……!)
そんな4家(厳密には現状3家)の中で、明らかに落ちぶれ始めているブルローゼ家の長男坊・ハドソンは絵に描いたような「嫌味な貴族」であり、何かにつけ「金にものを言わせる」のが得意技の放蕩息子である。そんなハドソンを、現当主でもある父・ロンダックも快く思っていないのだろう。ハドソンには強要しなかった貴族学校へモホークを入学させたのも、弟の方に重点を置いているからに違いない。しかし……。
(僕は貴族になるのじゃなくて、自分の好きなことをしたいのだけど……)
悩めるモホーク青年には、ちょっとした夢と野望がある。だからこそ、ハドソンには改心してもらわなければならないし、何がなんでも家督を継いでもらわなければならない。そのためには……彼がご執心らしいピンクダイヤモンドを持ち出して、なかったことにしなければ。万が一彼の得意技が炸裂して、ハドソンがピンクダイヤモンドを手に入れた挙句に……モデル上がりの美女と結婚なんてしたら。いよいよロンダックはハドソンを見限り、モホークに家督を継がせると宣言してしまうだろう。そうなれば、ハドソン自身は家を支えるなんて思想も労働もなしに、ますます放蕩三昧にのめり込むに違いない。
(でも……あのピンクダイヤモンドを買うには、紹介状が必要なんだっけ……?)
しかし、何の因果か果報か。幸か不幸か、例のアンティークショップはかなりクセのある店らしい。いつぞやに兄がピンクダイヤモンドの購入を断られたと、忌々しげに口を尖らせて怒っていたのを思い出す。だとすると、この場合は兄が紹介状を手に入れる前に、何とかしなければならない。
(講義を受けている場合じゃないよ……。急がなければ、僕の明るい未来が危うい……!)
現実はあぁ、無情かな。不思議なことに、時間の速度はつまらない講義中は殊更遅いという幻覚が付いて回る。憂うモホーク青年の懸念など、素知らぬ顔で受け流しながら……講義の時間は彼の神経を焦らすように、ゆっくりゆっくり進むのだった。




