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キュービックジルコニアの嘆き(5)

(うわぁ〜……この店、犬がいるんだぁ。どうしようかな。ちっちゃい店だから、怪盗の名前を出せばコロリだと思ってたのに……)


 寂れたアンティークショップを窺うように、斜向かいの物陰から身を乗り出すのは……いかにも気弱そうな青年。そんな彼こそ、偽の予告状を出した張本人であり……ちょっとした悪巧みの首謀者である。しかし、予告状を出したはいいが、まだ1日しか経っていないのに予定外の事が多すぎると、朝からボサボサ頭を悩ませていた。次の満月にお宝を持ち出せれば、()()()()()と思っていたのに。散歩から帰ってきたらしい強面のドーベルマンの姿を認めては……困ったぞと眉を顰める。


(ちっぽけな店に、とんでもないお宝があるって聞いていただけなのに……犬までいるなんて。うぅ、しかも……ここの店主、妙に強気っぽいし……)


 その辺のポストから朝刊を拝借しては、1面記事に目を通すと……例の怪盗紳士の予告状に対して、アレクサンドリート宝飾店の店主は()()()()()()()を相手にするつもりはないと、明言までしたらしい。青年としては潮らしく怯えてくれないと、とっても困るし、警察を呼んでもらえないのは、もっと困る。


(とにかく、作戦を考えなきゃ……。このままだと、()()が台無しだ……!)


 折り目正しくタダ読みした新聞を元のポストに戻すと、そのまま裏路地へ逃げ帰る青年。もうそろそろ戻らなければ、また講義をすっぽかしてと父親に怒られてしまう。そこまで考えて……青年・モホークは焦る気持ちを早足に乗せて、その場を後にした。


***

「いらっしゃいませ……こんなちっぽけな店にまぁ、貴族様がよくぞお越しくださいました」

「あぁ、わざわざ来てやったとも。で、どうなのだ? 例のピンクダイヤモンド……()()()()()()私に売る気はないか?」


 きっと新聞を読んで、()()()()足を運んでくださったのだろう。ラウールとしては初対面だが、キャロルの引きつった表情といい、無駄に豪華な衣装と尊大な態度といい。彼が麗しの青薔薇侯爵(の息子)で間違いなさそうだ。


「フゥ〜ン……あなたが例の勘違い侯爵のハドソン・ブルローゼ様で合ってます?」

「なっ……! いかにも私はハドソンだが……その無礼な物言いは、なんだね⁉︎」

「あなた如きに、礼を尽くす必要がないからです。で? 今日も懲りずにお買い物に来てくださったのですか?」


 ですが生憎と、当店は紹介制です……と、自分勝手なルールを嘯きながらハドソンを睨みつけるラウール。あまりに刺々しい様子をハラハラと見守りながら、ジェームズに「ラウールだったら的確に素早く、大激怒させている」と慰められたのも思い出して、キャロルは既に頭が痛い。


「ぐぬぬぬぬ……! おい、この私にそんな事を申してもいいのか? 父上や……なんだったら、あのブランネル大公様にお前の不敬を言いつけるぞ⁉︎」

「どうぞご勝手に。でしたら、ついでに紹介状の伝を頂いたら、どうです? そのご様子ですと、彼女が説明したルールもご理解頂けていないようですし……紹介状もお持ちではないのでしょ? あぁ、もしかして。紹介状は持っていないけど、あなた様はその程度のルールも理解できないような、()()()()()をお持ちという事ですか? しかも、いい歳して自分でどうにかするのではなく、パパと権威に頼ろうなんてご立派ですね。さっすが、貴族様〜」


 なんでこの人は、ここまでスラスラと相手の癪に障ることを的確に言ってしまうのだろう。

 戯けたようにパチパチと拍手をしては、この上なく意地悪いラウールの笑顔に……キャロルとジェームズは、怯えたように身を寄せ合う。そして、彼のあまりに人離れした()()()()()()()に戦慄したのは、キャロル達だけではないらしい。いつかの時のように、悪態を吐きながら捨て台詞を吐きつつ……ハドソンが尻尾を巻いて逃げていく。そんな()()()の姿に満足だと言わんばかりに、連れないお見送りの言葉を投げるラウールだったが。……ここは得意顔をしていい場面では、決してない。


「ご来店ありがとうございました〜。2度とお越しいただきませんよう、お願いします……ふぅ。こんなものですか? クククク。侯爵のボンボン如きが、俺から宝石をせしめようなんて、おこがましい。身の程を弁えて欲しいものですね……って、キャロルにジェームズ。どうしたのです? そんなに怯えて……」

「……ラウールさんって、やっぱり悪魔だったんですか?」

「えっ?」

【さっきのエガオ、フツウじゃない。ジェームズ、コワイ……】

「はい……?」


 完全に怯えているらしい1人と1匹で、秘密のアイコンタクトを取ると……いそいそと2階へ戻っていく、キャロルとジェームズ。そんな彼らの様子に、1人残されては焦るラウール。もしかして……これは怯えられるついでに嫌われた、のだろうか?


(えっと……俺、何か悪いことしました? 何1つ、嫌われた理由が分からないんですけど……!)


 やっぱり、原因は笑顔か? 笑顔なのか?

 そんな事をグルグルと考えながら、ウォールミラー相手に口角を上げてみるものの……そのあり得ない不気味さに、自身もたじろぐ。これはもう1度、ジェームズに笑顔の講釈をしていただいた方がいいのかもしれない。鏡に映る悲惨な状況を前にすれば、流石のラウールも自分が嫌になってしまいそうだった。

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