キュービックジルコニアの嘆き(4)
キャロルがジェームズの散歩がてら、ヴィクトワールをお見送りするというので……朝の散歩の役目まで取り上げられては仕方ないと、いそいそと店の掃除に勤しむラウール。戦車同伴の時点で、朝から物騒(かつ近所迷惑)だと思うものの。とりあえず、天敵でもあるヴィクトワールが帰ってくれれば、それでいい。
(……それにしても、ヴィクトワール様のパワフルさは何とかなりませんかねぇ……。まぁ、彼女もきっと白髭と同じ薬を服用しているのでしょうけど。それにしても、有り余り過ぎているというか……)
いつかの急行でちょっとしたタネとして利用した薬草ドロップは、滋養強壮とアンチエイジングに殊の外、絶大な効果を示すものらしい。しかし、薬が生み出された経緯を考えると、たちまち遣る瀬ない気分にさせられるラウール。それもそのはず、この薬を生み出したのは表向きは調剤師のヴェーラだが、彼女もまた惨めな境遇から拾われた宝石人形であった。
彼女自身はアクアマリンのカケラであるが、ムーンストーンの狩人達とは仲こそ悪くないものの、相性もよくなかった。彼女は同族狩りを否定し、カケラを別方向で救う方法を模索しては学業にも励んでいたらしい。そして、探索の果てに辿り着いたのが、医学でカケラを救うという手段であり、延いては人間にカケラを利用するという思想を捨てさせる事だった。その第一歩としてブランネルに献上されたのが、あの薬草ドロップ……カケラ由来成分0%、正真正銘オーガニック素材100%のヴェーラ渾身の一品だったのである。
(でも、怪しい丸薬には違いないですよね、別の意味で。俺達が平気だったとしても、人間には害があるかもしれないのに……)
詳細な主成分は企業秘密らしいので、ラウールも詳しくは知らないが。水銀のキレート剤を調合してもらった際の風景に、明らかに場違いな輝きがあったのを思い出しては、眉を顰めてしまう。薬草の類に混じって、彼女の机の上に何食わぬ顔をして散乱していたのは、あろう事か紛れもないダイヤモンド。しかも、折角の輝きが無残に砕かれていたのを見ても……決して、装飾用途で転がっていた訳ではないだろう。
そんな高級品を含む怪しいオーガニック素材でできた丸薬を供給するには、臨床試験が必要なのは、言うまでもない。しかし、材料も出所も非公開情報だったため、外部の研究機関に試験を依頼することもできなかった。しかも、開発費・材料費からしても一般的に流通させられるような代物でもない。
そんな目的は理想的だが、現実への適応性は皆無の薬草ドロップを、試してくれる被験者などいるはずもなく。そうして、とうとう好奇心に負けたブランネルが「自分は老い先も短いし」などと嘯いては……丸薬ドロップの被験者第1号を買って出たのだが。その効果は予想を裏切り、あまりに甚大。ご本人様曰く、この薬さえあれば150年くらいは生きられそうだと、おっしゃる始末だった。
そんなフルパワーの白髭様と同様に、秘薬を得たヴィクトワールは更にパワフル。最早、向かうところ敵なしである。しかし……闊達自在なのは実にいい事だろうが、有り余るエネルギーで周囲を尽く振り回すのは、本当にやめて頂きたい。
「ただいま帰りました〜……って、ラウールさん。まだご機嫌が悪いのですか? そんな難しい顔をして……」
「これは地顔ですよ。難しい顔で悪かったですね」
【それがジガオか? だとしたら……ラウールはミたメでトクしているのか、ソンしているのかワからないな。もっとニコニコしていれば、キャロルにもモテるだろうに】
「……えっ?」
今……キャロルにもモテるって言ったか、この伯父様は。ニコニコしてれば……彼女にもモテる? ヴィクトワールの強健さを苦慮していたところに、突然想定外の事を言われたら、混乱するではないか。
「ジェームズ……それ、どういう事です?」
【アイソウがヒツヨウなのは、オンナだけじゃない。オトコもマワりにヤサシイほうが、イイにキまってる。それなのに、ラウールはキにイらないコトがあるとブッチョウヅラする。どんなモノズきでも、ミッカでアきるぞ】
「そ、そうなのですか?」
【ダイタイ、ラウールはワラっててもブキミなのが、イケナイ。もっと、シゼンにワラえないのか?】
「うぐ……黙って聞いていれば、言ってくれますね……。でしたら、ジェームズはどうなのです。そこまで言うからには、俺よりも素敵な顔で笑えるんでしょうね?」
犬相手に何をやっているのやら……と、どうしようもないやり取りをキャロルが仕方なしに見守っていると。不機嫌なついでに不貞腐れたラウールに対して、余裕の態度で「アたりマエだろう」と、まるでお手本を見せるかのように、器用に口角を吊り上げては満面の笑みを作るジェームズ。そうして、眩いばかりのキラキラした笑顔に完敗を喫しては……何かに必死なラウールが、今度はジェームズに教えを乞い始めた。
どこまでも微笑ましい光景に安心しながら、ひっそりとコーヒーを準備しに2階へ戻るキャロル。好物を淹れて戻る頃には、お勉強の効果で仏頂面の頬も柔らかくなっているだろうか……と考えては、こっそり笑ってしまうのだった。




