キュービックジルコニアの嘆き(3)
お呼び出しついでに、折角お越しいただいたヴィクトワールに相談事を持ちかけるラウール。相談というのは、他でもない。大泥棒の真っ赤な偽物が誕生した経緯に、アタリを付けてもらうためだ。
「あぁ、そういう事ですの? このピンクダイヤモンドは、ブルローゼ様への譲渡をお断り遊ばしたのですね」
「えぇ。俺はハドソン様とやらにはお会いしていませんが、キャロルの話ですと……当店のルール遵守をお願いしたところ、お怒りになられたとか。……全く。貴族を名乗るんだったら、自分がこの宝石に相応しくないことくらい、すぐに理解してもいいものを」
「まぁまぁまぁ! 相も変わらず、子猫ちゃんは強情ですのね。まぁ、ラウール様の頑固さはこの際、忘れることにしましょうか。……要するに、このヴィクトワールにブルローゼの動向を調べて欲しいということで、合ってますこと?」
「合ってますよ。もちろん、俺自身が調べてもいいのでしょうけど……そちら側に精通している関係者に確認していただいた方が早いかな、と思いまして」
調子のいいことを嘯きながらも、内心でしめしめとほくそ笑むラウール。正直なところ、これは体の良い厄介払いである。あれ程までに迅速に号外まで出ている以上、寂れたアンティークショップの窮状が彼女達の耳に入るのも、時間の問題だろう。そうなれば、よし来たとばかりに……ヴィクトワールは頼まずとも、押しかけてくるに違いない。なので、彼女の習性から顛末を予想しては、予め餌をばらまいて、自分の周りで騒がれるのを阻止した次第なのである。それに、彼女に貴族側の方をお願いしておけば、自身はお高く留まった貴族に会わずとも済む。
「でしたら、明日から調査にかかりますわ」
「おや、すぐでも良いのですよ? そのご様子ですと……逸る気持ちを抑えられないのが、丸見えですけど」
「もちろん、私の好奇心はいつだってギラギラですわ。ですけど……ウフフ。折角、お邪魔したのですもの。キャロル様、このヴィクトワールもジェームズ様のお散歩にご一緒してもよろしくて?」
「えっ?」
それこそ、今日は2人と1匹でゆったりとカフェで過ごそうと思っていたのに。そんな大事な時間にヴィクトワールが割り込んできたら、キャロルとの会話量が減らされる。これは……何がなんでも、同伴は阻止せねば。
「お呼び立てしておいて、なんですけど……ヴィクトワール様。そろそろ帰らないと、遅くなりますよ? それに、戦車で夜道を走るのは非常に迷惑に違いありません。騎士団長が市井の皆様の安眠妨害をして良いのですか?」
「あら。確かに……あのタンクちゃんは小柄ですけど、馬力はありますものね。夜にはうるさいのは間違いないですわ……。あっ、そうですわ! でしたら……キャロル様、少しお尋ねしても?」
「はい。いかがしましたか、ヴィクトワール様」
「お夕飯のお買い物は済んでおいでですか?」
「いいえ……今回の件で号外が出ていたこともあって、夕飯のお買い物をせずに帰ってきてしまって……」
キャロルはいかにも申し訳なさげだが、ヴィクトワールの企み的には非常に好都合だ。夕飯の買い物についてキャロルに尋ねたのは、ラウール的には極めて都合のよろしくない方向性へ爆進しようとしているからに違いない。
これはマズい。非常にマズい。
この後の顛末を頭の中で素早くグルグルと回転させながら、先手を打とうとするものの……しかして、却って空回りするラウール。どうも彼は、キャロルとの時間を増やすためのいつかの返済計画を立てるのが、尽く苦手らしい。
「いいから、ヴィクトワール様はお帰りください! 執務を長時間ほっぽり出して、こんなちっぽけな店に天下の騎士団長様が長居する必要もないでしょう⁉︎」
「まぁッ! この店は私にとっても愛しいテオ様の思い出が詰まった、大切な場所なんですのよ? そんな風におっしゃるなんて……ヴィクトワール、無念でなりませんわ。あぁ、およよよよ……」
「女の人を悲しませるなんて……ラウールさん、最低」
「ゔっ……だ、だって! ヴィクトワール様はきっと、泊まる気でいるんですよ⁉︎ そんなことをされたら……そんなことを……されたら……」
今夜こそはもう一度、添い寝をしてもらおうと思っていたのに。その計画が台無しじゃありませんか。……とまでは、流石に気恥ずかしくて言えないが。未だに頬に口付けまでの関係止まりなものだから……恋人を名乗るにも、婚約者を騙るにも。事実を伴わない気がして、非常に歯痒い。そんな意図しないプラトニックな関係性に気を揉んでいるラウールにとって、2人きりになれるチャンスを阻む存在は悉く邪魔者である。
「別にいいじゃないですか。1部屋空いているのですし。それに……ふふ。今夜のお食事は賑やかで、楽しいものになりそうです。でしたら早速、お買い物とお散歩に行きましょう? ヴィクトワール様」
「あぁ、キャロル様は本当に……天使の様なお方ですわね……。どこかの獰猛なだけの悪魔ちゃんとは大違いですわ」
「……悪魔って。まさか、俺のことですか? ヴィクトワール様」
【ラウールしかいないだろう、このバアイ。まぁ、いいんじゃないか? ラウール、カミのケクロい。イノセントにもイケすかないクロいヤツ、イわれてた。しかも、イジワル。アクマ、ピッタリ】
「……」
それは見た目のせいか? それとも、性格の問題か? はたまた……両方か?
ジェームズにまで悪魔と言われては、ラウールはますます焦ることしかできない。そして、悪魔認定されてしまった彼を尻目に……他のメンバーは嬉しそうに夕方の散歩の繰り出すらしい。キャロルが当然の如く、ラウールに満面の笑みでお留守番を言い渡す。それはきっと……ヴィクトワールを悲しませたお仕置きも含まれてもいるのだろう。
「ラウールさん、それでは行ってきますね。お店、よろしくお願いします」
「あっ……はい、行ってらっしゃい……」
キャロルとは、まとまった話もできなかったなぁ……とガクリと肩を落とすラウール 。この調子では、彼女が本当の意味で許してくれるまでの道のりは、まだまだ長そうだ。




