スペクトル急行の旅(5)
青いダマスク模様のクロスに彩られた、テーブルにて。差し出されたスープを啜りながら、食堂車の様子を窺う。きっと食事の時間はある程度、決められているのだろう。彼ら以外の乗客も一斉に呼び出されていたようで、相当数の人数がめいめい提供される食事を堪能していた。
「このムニエル、とっても美味しいぞ? ほれほれ、ラウールも折角じゃから、しっかりと食べたらどうじゃ」
「えぇ、そのつもりですよ。ただ、俺は普段からあまり食べる方ではありませんので……この量は食べ切れないと思います。ですので、そんなにお気に召したのであれば、俺のを分けてあげましょうか?」
「あ、そうなの? じゃったら、遠慮なくもらうとしようかの。ヤァ〜、ラウールにそんな風に言ってもらえるなんて、余は感激じゃー!」
「……その程度の事でいちいち大喜びしないでください」
嬉しそうに、ラウールの皿からムニエルをごっそり取り寄せるムッシュだったが……先ほどから、彼の一挙一動に周りの視線が集まっていることに、ラウールはとにかく気を揉んでいた。
おそらくここにいる乗客は身なりからしても、相当に富と名声とやらをふんだんに与えられた存在であることは、間違いない。それでも……目の前で嬉しそうに白身魚を頬張るムッシュのそれには到底、及ぶものではないだろう。
いくら引退しているとは言え、現国王が即位するまでは紛れもなく、大陸最大の王国の最高権力者だったのだ。今でこそ、本人の強い希望で片田舎の小国の領主に収まっているものの……彼の威光に翳りがないのは周知の事実でもあり、このような場を設けられれば彼とのコネクションを持ちたがる者が出てくるのは、至極自然なことでもあった。だから……ラウールは先程から、それに付随する面倒事を想像するたびに、騒ぎ出す偏頭痛を諫めるのに大忙しだ。
「……あの、失礼ですが……貴方様はもしや、ブランネル公様では?」
「うぬ? あぁ、そうじゃよ? どうしたのかね? あ、もしかしてサイン? 余のサインが欲しいのかね?」
「爺様、とりあえずお口の中の物を飲み込んでください。……ほら、ソースがこんな所に付いてますよ?」
擦り切れる程に気を揉んでいるラウールを他所に、本人は自分が注目の的だという自覚もないらしい。声をかけて来た妙に尖った様子の紳士にもいつもの調子で応じるムッシュに、その口元を仕方なく拭いてやるラウール。
「申し訳ございません、爺様はこの通り、食事に夢中ですので……お話は食事が済んでからにしていただけませんか」
「それもそうですね、大変失礼致しました。とは言え、私めはどちらかというとあなた様と是非お話がしたいのですが」
「……俺と、でしょうか?」
「えぇ。あなた様は……その。ブランネル公様のお孫様でおいでで?」
「いいえ、違いますよ。俺はそもそ……」
「そうなんじゃ! 今日はの、余のお願いを聞いてわざわざ同行してくれたんじゃぞ? どうじゃ? この端正な佇まいに、綺麗なグリーンの瞳! 飛び切り頭も切れるし、最高に可愛いじゃろ⁉︎」
「……成人男子相手に、可愛いは褒め言葉になりません。本当にいい加減にしてください……」
ラウールが誤解を与えまいと、紡いだ釈明を大声で遮った挙句に、状況を更に悪化させてくるムッシュ。その勝ち誇った顔がここまで憎らしく感じられたのは……今回が初めてでもない気がして、ラウールは額に手をやりながら、頭痛との対局が長引いた事をただただ嘆いていた。
「おぉ、確かに! それで、あなた様のお名前は?」
「……ラウール・ジェムトフィアと申します。何かをご期待しているようでしたら、申し訳ないのですが。俺にはこちらのムッシュとは、直接の血縁はありません。たまたま継父が王族でしたので、家系図上でとりあえず孫になるだけです。……ご想像されているような継承権や相続権は一切ありませんので、交渉を持つだけ無駄ですよ」
「い、いえ……そのようなつもりはないのですが……」
「む? そんな事はないぞ? 余はお前達兄弟にもしっかり財産を残すつもりじゃ! 何のために、今の土地に引っ込んだと思っておる!」
「……お願いですから、毎回毎回……煙のないところに火を起こして、油を注ぐの……やめてくれませんかね……?」
ラウールの弁明も虚しく、こんなところでも絶大な影響力を発揮するムッシュ。ラウールでいる時は目立つ事を嫌う彼にとって……彼の溢れんばかりの七光は、迷惑以外の何物でもなかった。




