キュービックジルコニアの嘆き(1)
朗らかな秋風に、所々冷たい北風が割り込んでは吹き抜ける、並木道。キャロルはそんな少しばかり冷える空気に身を震わせながら、月に1度の面会の帰り道を歩いていた。
面会相手はエドゥアール・スカーシェ。いつかに自分を攫ったキャブマン殺しの犯人であり、表舞台では精神病院の院長という地位にいた人物である。そんな殺人犯との面会にこうして出かけているのは他でもない、ラウールからの要望があったからだ。彼の話によると、エドゥアールもかの怪人に唆されていた部分が多かれ少なかれあり、キャロルに会えれば更生の余地があるとかで……キャロルもそこまで言われれば、面会を断る気にもなれない。
(最初は青白い顔が怖かったけど……。でも、だんだんと顔色も良くなっているし……大丈夫かな……)
彼女の恐怖心は彼の不気味な見た目だけではなく、自分を攫って監禁したという罪状が幅を利かせているのは、言うまでもないだろう。それでも、相手が縋るように自分を必要としているとなれば、その希望に応えるのも温情というもので。帰り際にしっかりと暖かそうなブランケットの差し入れを看守にお願いしては、エドゥアールも喜んでくれるだろうかと、キャロルは人知れず頬を緩ませていた。
(って……あら? なんだろう……号外かな?)
何やら賑やかな空気に誘われて、思わずニュースボーイから号外を1部受け取るキャロル。彼に一言礼を言いつつ、銅貨1枚を渡しながらも早速目を通してみれば。そこには、彼女としては信じられない文面が踊っている。
“アレクサンドリート宝飾店にあるという
ピンクダイヤモンドを頂戴しに上がります。
次の満月の夜、そちらをご準備してもらえると嬉しいです。
怪盗紳士・グリード”
(……アレクサンドリート宝飾店って、ウチの店だった気が……。しかも、この予告状はどう見ても……)
キャロルがよく知っている怪盗紳士のものではないだろう。なぜなら、彼自身は「怪盗紳士」と呼ばれる事にいい顔をしないため、わざわざ「大泥棒」と名乗ってはいちいち訂正しているくらいである。だとすると……この予告状を出したのは、彼の名を騙る偽物ということか。
(何れにしても、これ……とっても大変なことになっている気がする。とにかく、すぐにお店に戻ろう……)
こみ上げてくる胸騒ぎを、努めて押し留めながら。すぐにでも帰らねばと、キャロルの足も焦り出す。本当は夕食の買い物も一緒に済ませるつもりだったが……今はそんな事を考えている場合でもないだろう。




