マイカサンストーン・チワワ(25)
「サスキアちゃんも無事飼い主さんの所に帰れて、良かったです。しかも……ふふふ。デルガドもディアブロも、元気なんですね」
「えぇ、ジェームズオススメのゴーフルがいたく気に入った様子で……2枚もお代わりするものだから、その食欲に飼い主さんも呆れてましたね」
オペラ観劇から帰ってきたキャロルに、オープンカフェでの様子を話してやれば。殊更、メーニックで知り合った大型犬2匹を気にかけていたと見えて、ラウールの報告に彼女の顔が明るく綻ぶ。そうして安心したついでに、何かを思い出したらしい。キャロルがレトロな印象のある筒状の缶を取り出し、ご褒美だと言わんばかりに、テーブルの上に差し出した。
「こっ、これは、もしかして……!」
「はい、マウント・クロツバメの新作ブレンドだそうです。一応、いつもの銘柄も買ってきましたけど……これは限定品だという事なので、奮発してきちゃいました」
このテの衝動買いは大歓迎です……などと調子のいいことを言いながらも、恭しく缶を掲げては満面の笑みを見せるラウール。その一方で……気色の悪い笑顔を浮かべ始めた飼い主を羨ましげに見上げながらも、ジェームズも負けじとキャロルにおねだりをし始めた。
【ラウールばっかり、ズルイ! キャロル、ジェームズにはおミヤゲないのか?】
「もちろんありますよ。はい、ジェームズにはこの間から食べたいって言っていた、生ハムを買ってきました」
【おぉ! サスガ、キャロルはワかっている! ナマハム、ナマハムッ! サッソク、くれ!】
「なのですけど……ごめんなさい。このままは塩気が濃すぎて、ジェームズにはあげられないのです。マッシュポテトに混ぜてあげますから、夕食まで待っていてくれますか?」
【ハゥン! ジェームズ、もとニンゲン! エンブン、ヘイキ】
「……玉ねぎとぶどうがダメな時点で、それはないでしょう。ジェームズ、これはあなたのためでもあるのです。そのくらいの言う事は聞きなさい」
【グルル……ラウールのケチ……】
この場合はケチなのは、自分だけではないと思う。しかし、生ハムをすぐに食べられない悔しさを骨にぶつけ始めたジェームズに、ラウールのボヤキは届かない。キャロルが夕食の準備にキッチンに入った後しばらくは、ただただガリンガリンと骨が砕かれる衝撃音が残されるのみである。
【ところで、ラウール】
「はい、どうしましたか? ジェームズ」
【レイのサンストーンは、ヨかったのだろうか?】
「ご本人同士がそれでいいとなれば、俺達が必要以上に介入する必要はありません。とは言え、既に盗品ではありませんから……売れば、それなりの金額にはなるでしょうけど」
あのサンストーンはルセデスが辞退したため、そのままブルースに譲渡される結果となっていた。ルセデスにはおそらく、サスキアさえ戻ればいいという思いもあっただろうが……きっと、彼の決断はヴィヴィアンとの苦い思い出を切り離したい実情込みなのだろう。そうして、ルセデスの手から鑑別書も一緒に離れたものの……あのサンストーンが表舞台の市場に出回ることはない気もする。なぜなら……。
「今はかつての悪魔の首に付いているとなれば、ちょっかい出す奴もいない気がしますね。いいんじゃないですか? キラキラ輝く太陽が、お嫁さんの首にくっついているなんて。とっても素敵じゃありませんか」
【……ディアブロ、ヨメチガウ。タシかに、ちょっとビジンだとはオモうが……って、ハウン! ジェームズ、もとニンゲン。ディアブロには、キョウミない……はず】
自分で妙な否定をしながらも、尻すぼみになり始めた言葉を誤魔化すように、骨への八つ当たりを再開するジェームズ。そんな彼の満更でもない様子を見つめながら、これ以上からかうのも悪趣味だと、意地悪も早々に引っ込める。
(結局、あの石は何をもたらしたのでしょうね? 太陽のように……これからはメーニックの暗闇を照らしてくれると、いいのですけど)
サンストーンの持ち主に失恋したのは、決してルセデスだけではなかった。ヴィヴィアンに袖にされたのは、ブルースも一緒である。そう……ブルースがあの宝石を手に入れようとしたのは、他でもない。ヴィヴィアンのためだったのだ。
そんな思い人にとって不要になったサンストーンは、同時に彼らにとっても不要に成り下がったと言っていい。しかも、失恋の苦ーい思い出付き。
結局、石言葉通りに「恋のチャンス」をもたらしはしたが、実らせることはしなかった魔性の石・マイカサンストーン。2人の失恋男の苦い思い出の封印先が、地獄の番犬と見まごう元・悪魔であれば……それはそれでお誂え向きなのだろうと、ラウールはひっそりと割り切っていた。
【おまけ・サンストーンについて】
その名の通り、太陽のように鮮烈な輝きを放つ宝石で、モース硬度は約6.5程。
灰曹長石の中でも、宝石質を持つものがサンストーンと呼ばれ、流通しています。
アベンチュリン効果により、光を受けてキラキラと輝くのが最大の特徴ですが、輝きの源は燐鉱石によるものです。
中でも、更にマイカ(雲母)を含むものをマイカサンストーンと呼ぶらしいのですが……作者には正直なところ、どれもオレンジの石にしか見えません(汗)。
パワーストーンとしても馴染みの深い石でもあるので、よくブレスレットになることが多いようです。
それにしても……どうも個人的には、数珠っぽい感じのブレスレットはちょっと苦手です。
ぶつかったりしたら、痛そうじゃありません? え? そんなドジは普通、しないって?
あはは、そうですよねぇ。……大変、失礼いたしました……。
【参考作品】
『ビバリーヒルズ・チワワ』
作者は結構、動物ものの映画、好きだったりします。
あっ、でも悲しいのはナシですよ?
ワンコが捨てられたりとか、置き去りにされたりとか。酷い目に遭うのを見るのは、辛いのであります。




