マイカサンストーン・チワワ(24)
「流石、ラウールさん! こうも早く、サスキアを探してきてくれるなんて! しかも……」
「えぇ、犬泥棒逮捕のネタ付きですよ。全く……どれだけサービスさせれば、気が済むんですか」
「あはは、すみません。でも……良かったなぁ、サスキア。酷い目に遭う前に、助けてもらえて」
ジェームズが闘犬場で、一夜限りのチャンピオンになったあの夜から……既に3日。穏やかなお昼過ぎのアンティークショップでは、仏頂面の店主と馴染みらしい客が話に花を咲かせていた。愛想は最低限だが、仕事ぶりは早いらしい店主から愛犬発見の知らせを受けて……逸る気持ちも制御不能と言わんばかりに、ルセデスがサスキアを抱き上げては彼女に頬擦りをしている。
「それで……結局、サスキアはメーニャン様が引き取ることになったのですか?」
「まぁ、そうなりそうです。彼女とも話し合ったのですけど……犬を飼うのは大変だって、溢すものですから。サスキアも報われないなぁ、なんて思って」
でしょうね……なんて、興味なさげな軽い返事をしつつ。もう店仕舞いにしましょうかと、ラウールがジェームズに散歩のお誘いをかける。閉店時間にしては、随分と早い気がするが。今日は大事な約束もある以上、そればかりは仕方ない。
「と、言うことで……ジェームズ、散歩に行きませんか」
【ワンッ!】
「良い返事です。あぁ、そうそう。実は、愛犬仲間と待ち合わせしてまして。よければ、メーニャン様もご一緒にいかがです?」
「えぇ、是非ご一緒します。……サスキアも散歩、行きたいよな?」
「キャン!」
きちんとお返事できるなんて、偉いぞ〜……なんて、サスキアを一頻り褒めた後、しっかりと彼女にリードを付けるルセデス。それもそのはず、彼女が拐われたそもそもの原因は、彼女自身が雑誌編集部から勝手に飛び出したからである。犬泥棒一味の犯行手口は基本的に置き引きであり、どこかに侵入して犬をわざわざ仕入れる真似はしないとのことだった。そんな事が事情聴取で明るみになってからと言うもの、犬にリードは基本だとルセデスもしかと認識しては、決して離すものかと握り締める。
「……ところで、さっき愛犬仲間と待ち合わせしているって……おっしゃいました?」
「えぇ。今回の件で知り合いましてね。……あぁ、もうお越しのようですね」
ジェームズお気に入りの、オープンカフェ。その店の中でも、柔らかな陽気に照らされる特等席から、こちらに手を振って合図をするのは……いかにも屈強そうな大男と、少しばかり尖った印象の男の2人組。明らかに厳つい割には、穏やかな彼らに混ぜてもらおうと、ルセデスを紹介しつつ……自身も席に着くラウール。
「お待たせしました。こちらはサスキアの飼い主のルセデス・メーニャン様。スコルティアの新聞社にお勤めの、ジャーナリストさんですよ」
「ほぉ〜! サスキア、今はジャーナリストさんの愛犬なんだな。ま、派手好きなモデルに振り回されるよか、よっぽど良いわな。で……俺はブルース・ゴルドヴィン。メーニックでキャバレーと酒場を経営してるよ」
「あぁ、だろうな。ヴィヴィアンみたいな気分屋に飼われるよりは、ジャーナリストさんにくっついていた方がよっぽど良さそうだ。って、悪い。自己紹介が先だよな。バルドール・グランタだ。ちょいと前までは、闘犬場でこいつと雇われファイターをやってたが……今は一応、ロンバルディアの方でドッグトレーナーをしているよ。……まだまだ、駆け出しだけどな」
「は、はい! よろしくお願いします……って、わぁ! ヒースフォート・シェパードに……ドーベルマンがもう1匹! あぁ! やっぱり、大型犬は格好いいなぁ! ……ふふ、でも。うちのサスキアは、可愛い方面では一人勝ちですかね」
大型犬3匹に囲まれつつも、そのサスキアは元々好奇心も旺盛なのだろう。可愛さ一人勝ちだと飼い主が宣う割には、自身は結構強気らしい。特に旧友でもあるデルガドに遊ぼうと尻尾を振りつつ、飛びかかるフリをしては戯れている。
「……デルガドも嬉しそうだ。うん、メーニャンさんならサスキアを大事にしてくれそうだし、安心したよ。ラウールの兄ちゃんにその辺を聞き出そうと思って、待ち合わせしてたんだけど……この様子だと、俺が心配する必要はなさそうだな」
「とは言え……サスキアは結構、お転婆娘みたいだぞ。躾が必要だったら、声をかけてくれよな」
「はい。それがなくても……時折、こうして話し相手になってくださると、嬉しいです」
そうして連絡先を交換し出した彼らを尻目に、愛犬達分のゴーフルとエスプレッソに、代理でカフェオレを注文するラウール。そこまで気を回したところで、話の輪に入れてもらおうと彼らの話に耳を傾ける。
それは以前のラウールであれば、間違いなく発揮されないであろう仲間意識だったが……互いに飼い主同士という境遇があれば、会話を弾ませる事もできるらしい。そんな新しい発見と一緒に、楽しむオープンカフェのコーヒーは味は今ひとつのはずだったのに……どことなく美味しく感じられるのだから、不思議なものだ。




