マイカサンストーン・チワワ(23)
まるでこちらを品定めするような、卑下た視線。とは言え、ラウールにしてみれば、このテの視線は向こう側で十分経験済みでもある。だから、これで怯えると思ったら大間違いだと反抗心を募らせながら……ライダースジャケットのポケットからグローブを取り出し、宝石を摘み上げる。
そうして再会を果たした宝石は紛れもなく、数日前に自分の店で提供した、あの一級品のサンストーンだった。あまりに陳腐な顛末にやれやれとため息をつきながら、目の前の被疑者に1つの罪状を突きつけてみる。彼の手にこの宝石がある経緯は不明だが……少なくとも、正規ルートで買い求めたものではないだろう。
「……闘犬場のオーナーというのも結構、苦労されているんですねぇ」
「えぇ、そりゃもう! お客様に楽しいひと時を提供するのに、常々苦労していますよ。ですから、あなたには是非に手助けを……」
「フゥン? それはここで八百長の駒として働けという意味ですか? それとも……強盗の手助けをしろという意味でしょうか?」
「何をおっしゃる! ワシは今まで不正などした事はありませんよ! 先ほどバルドールが申したのは、真っ赤な嘘です! ワシは清く正しく……」
「それ以上は結構。あなたの勤務態度など、微塵も興味ありません。安っぽい自己欺瞞など、それこそ犬に食わせてしまえば良い……って、おっと失礼。犬は非常に鼻が利く動物ですものね。そんな物、悪臭が酷くて近寄りもしませんか」
実はこの宝石は紛れもない盗品でして……と、闘犬場に紛れ込んだ真意を説明するラウール。そうして、今彼の手にあるサンストーンは既に盗品として周知されているケチの付いた代物だという事実を知らせてやれば。どうやら……目の前のオーナーは実情もある程度は知っている被疑者らしい。出所については知らないと……何も聞いてもいないのに、慌てて自身の容疑を否認し始めた。
「うーん……どうしましょうかねぇ。俺は警察ではないので、逮捕とかはできないんですよね。ですけど……所定の法的手段を取る事は可能でして。うちの売り物を盗んだ挙句、こんなところで賞品に仕立てているとなれば……今までも、そうやって闘犬を盛り上げるための小道具を用意していたんですかね? だとすると……もしかして、余罪もあります?」
「そ、そんな事は決してないぞ! 大体……その石がなんだと言うんだ⁉︎」
小物の往生際が悪いのは、デフォルトだろうか。そんな事を考えながら、懐から1枚の書面を取り出して、彼の鼻先に突き出してみる。それは……渦中のマイカサンストーンが、ロンバルディア宝石商商会台帳に登録されている証でもある、写真付きの登録証明書(写)だった。
「……ほら、ここ。販売取扱は当店……アレクサンドリート宝飾店となっているでしょ? で、こいつにはウチで発行した鑑別書もお付けして、とあるお客様にお譲りしました。しかし、そのお客様から盗難のお知らせがありましたので……網を張っていたのです」
「そ、そんな物知らん! 大体、この石は犬と一緒に仕入れた……」
「おや? そうだったのですか? なるほど。でしたら……あなたはそんな盗品を掴まされてしまった、被害者というわけですか?」
「そ、その通りだ! そうだ……ワシは一杯食わされただけにすぎん!」
「フーン……だったら、犯人との取引場所を教えてくれません?」
「はい?」
「あなたは被害者なのですよね? だったら、犯人の拿捕にご協力願えませんかね? 俺自身は表向きは宝石商ですが、雑多な盗品の密売ルートを洗う仕事もしています。ある程度、ロンバルディアの陸軍からもお墨付きを頂いていますし……ここで白状いただけない場合は、お手数ですが拷問付きの軍部まで、ご足労頂くことになるんですけど」
「ご、拷問……?」
これは紛れもなく、脅しを盛大に含んだ作り話。一時期、確かに軍部に所属していたとは言え……今も昔も、ラウールにはそんな権限は一切ない。しかし、ちょっとした書面を用意していたのが殊の外、効果を発揮したのか……ニコリと微笑んでいる割には、ラウールに得体の知れない存在感があるのに気付いて、怯え始める闘犬場のオーナー。獰猛な捕食者が潜む、緑色の瞳に睨まれては……彼の心持ちは、折れる折れないのところで、ギリギリ持ち堪えていた。
「……あぁ、兄ちゃんはそのスジの人間だったのかい。だったら……ボスが取引してる相手は俺も知ってるよ。と、いうか……こいつが親玉だしなぁ」
「バ、バルドール! 貴様ぁ!」
「……ディアブロを駄犬だなんて、罵るからいけないんですよ。大丈夫です。あんたが口を破らないんなら、俺が代わりにきっちり証言してあげますから。大体……犬泥棒なんて真似、俺には理解できませんね。そのせいで、こいつがどれだけ傷ついていたと思うんです。大型犬は流行ってないから、繁殖犬としても使えないだなんて、勝手なこと言いやがって。そんなんだったら……すぐにでも、元の飼い主に返してやったら良かったんだ」
絶体絶命、孤立無援。張り裂けそうな空気を醸し出し始めたリングの真ん中で、皮肉にも決勝争いをしていたはずの参加者両名に睨まれる、闘犬場のオーナー。しかし、最も偉かったはずの最高支配人は既に権威の毛皮を剥がされた被疑者でしかない。その現状をイヤというほど悟らされて、ガクリと肩を落としては……惨めな負け犬は、力なく膝を着いた。




