マイカサンストーン・チワワ(20)
「意外と激しいですね、闘犬の戦いというのも。とは言え……この程度であれば、ジェームズには楽勝でしょうかね?」
【……モチロンだ。ジェームズ、ホネダイゲットする。ついでに、ナマハムもカッテもらう】
生ハムを買わないのはお金がないからではなく、塩分が多いからです。
そんな他愛のないやりとりをしながらも、いよいよ出番らしい。きっと注目度が一番低いせいもあるのだろう、お呼びの声もなんだか乱雑だが……その態度もすぐに変わるだろうと、肩を竦めながらもリングへ歩み寄る、注目度最下位の飼い主と選手。それでも、ここは愛しいあの子に格好いいところを見せないとと、1人と1匹で勘違いしながらも、それなりに観衆に愛想を振りまいてみる。そんな彼らの相手は……エントリーNo.3、ロットワイラーのグーズという犬らしい。
「ククク……いくらチャンプと同じ犬種だからって、優勝できるほど甘くはないぜ、若造!」
「左様ですか? 生憎と……うちのジェームズはディアブロなんて、目じゃないですけど」
「は、はぁっ⁉︎」
澄ました表情であからさまな挑発を仕掛けるラウールの発言に、拍子抜けすると同時に、会場中が笑いに包まれる。そんな明らかな破れんばかりの嘲笑に、一方の道化師はさも馬鹿馬鹿しいと、やっぱり肩を竦めていた。
「ま、実力を示せば問題ないでしょうか。……ジェームズ、いいですか。ある程度、手加減はしてあげてください。致命傷を与える真似だけは、しないでくださいね」
【ワンッ!】
「おいおいおい……こいつはお笑い種だな! グーズ! そういうことなら、コテンパンにやっちまいな! 新参者に闘犬の厳しさを教えてやれ!」
『さぁ! いよいよ、第1戦ファイナルセット! 注目度上昇中の褐色の重戦車・グーズ! 対するは……ウゥン? ドーベルマンのジェームズだぁ!』
華々しい二つ名もないままのジェームズに対して、試合開始の合図とともに褐色の重戦車・グーズが勢いよく飛びかかってくる。きっと、グーズもジェームズという番狂わせがなければ、順当に決勝まで進む可能性がある犬なのだろう。しかし、ジェームズはドーベルマンならではの俊敏性もさることながら、中身は普通の犬ではない。カケラという不慮の産物であるせいで、生憎と硬度も知性も兼ね備えている。
グーズの突進を易々と無駄のない動きで、体を旋回させながら躱しつつ。今度は反撃とばかりに、目にも止まらぬスピードでグーズの脇腹に的確なタックルを仕掛けた。その威力、約50キロほどと見込まれるグーズの体が宙を舞い、叩きつけられて……リングを囲む金網が大きな音と一緒に、派手にひしゃげる程。そして、クッション代わりにもなったらしい金網に衝撃の痕跡を残したまま、その場でグーズがドサリと転げ落ちた。
『こ、これは……どういうことだッ! 歴戦のグーズ、気を失っているッ⁉︎ ま、まさかの一撃ノックアウトッ! 勝者、漆黒のダークホース・ジェームズッ‼︎』
「漆黒のダークホースって……もう少し、捻りのあるリングネームはないんですかねぇ。ま、いいか。ジェームズ、よくやりました」
【ファフッ! フガガッ!】
「えっ? 相手が弱すぎて、話にならない? ……仕方ないでしょ。相手は訓練もされていないような、素人さんなのだから。あなたみたいに訓練を耐え抜いた猛者とは、作りが違うんですよ」
「おいおいおい……嘘、だろ? 俺のグーズが……」
「……はい、そこのあなた。敗者はさっさと退場したら、どうなんです。折角、ジェームズが気を利かせて無傷で済ませたんですから……抱っこで退場できるでしょ?」
【グルルルルッ!】
「ヒィッ! ……わ、わかったよ……お、覚えてろよ……」
多分、忘れるでしょうね。覚える価値、ありませんから。
そんな風に終始、出場も去り際も嫌味たっぷりな飼い主と、ライムグリーンの目元が涼やかなドーベルマンのコンビ。予想外な大穴のダークホースの出現に……闘犬場が湧きに湧いたのは、言うまでもない。




