マイカサンストーン・チワワ(18)
どうしよう。いつかに自分を可愛がってくれた、飼い主の恋人の1人に会いに行こうと、ちょっと外に出ただけなのに。それなのに……なんだか悪そうなお兄さんに捕まって、何故か薄暗い場所に閉じ込められたまま……もう半日。そんな状況なのに、誰も抱っこしてもくれないし、誰もかまってもくれない。しかも……。
「キュ〜ぅん……」
……そろそろ、お腹も空いたのだけど。ご飯、まだかな。でも……首の石ころを取り上げられちゃったから、ご主人に怒られるかな。
そんな風に小さな頭をフル回転させても、サスキアには状況を変える術も知恵も……初めから持たされていなかった。
自分の足で逃げる事など、生まれた時からぬくぬくと過ごしてきたサスキアには、思いも浮かばぬこと。その上、彼女には自分が置かれている状況さえ、よく分かっていない。ただ、彼女の脳裏には……自分の意思で飛び出してまで会いに行こうとした、ゴイゴイと頭を撫でてくれる大男の面影が浮かんでは、消えていくのみだった。
***
「茶色いロングコートのチワワで……そんで、名前はサスキアだって⁉︎」
「え、えぇ……」
訪ね犬を探してくれるというので、ブルースに彼女の特徴を伝えると、これまた想定外の反応を見せる。怒りと驚きを綯交ぜにした表情を見る限り……彼はサスキアの顔見知りでもあるようだ。
「……ボス、もしかして……」
「サスキアって、ヴィヴィさんの犬っすかね?」
「ヴィヴィ……さん⁇」
それ、ヴィヴィアンの事だろうか?
そんな事をラウールご一行様が考えていると、ブルースが「あいつは困った奴だ」と大きなため息をつく。どうやら、ヴィヴィアン自身はメーニック出身だったらしい。
「……ヴィヴィは元々、俺のキャバレーの踊り子でさ。ちょっと前に、表舞台で一花咲かせるんだと……メーニックから出て行ってなぁ。ま、潔く白状しちまえば。俺もほの字だったし、目にもかけてから……その夢を応援してもいたんだが。ただ……」
ヴィヴィアンとして華々しいモデルになった途端、それまでの境遇を嫌うようになっては、だんだんと古巣には寄り付かなくなっていったという。それでも、表舞台での贅沢三昧を覚えてからも……時折、思い出したように恋人におねだりをしに、姿を現すことがあったそうだ。
「ヴィヴィさんはそりゃもう、いい女でして。踊りも最高なら、客を転がして金を絞り取る腕も一流、ってなもんで」
「その上、ご新規さんを連れてくるのも、上手ときたもんだ」
「そ、そうだったのですね……。そっか、ヴィヴィアンさんは男の人を捕まえるのが、とっても上手だったんだ……」
そんなヴィヴィアンの手練手管に、思うところがあるらしい。先ほどまで怯えていたこともあり、話に参加してこなかったキャロルが呆れたように肩を落とす。
「ほぅ、そっちのレディはもしかして……ヴィヴィに会ったこと、あるのかい?」
「は、はい……昨日、お会いしたばっかりです。だけど……」
「だけど……?」
「……ハドソン・ブルローゼ様の婚約者として、いらっしゃいまして……」
「あぁ、そういうことか。だとすると……ヴィヴィはもう、こっち側には帰ってこないだろうな……。貴族の奥様ともなれば、こんな薄汚い街との縁は綺麗さっぱり切っちまいたいだろうし」
「そんなもんですかね? 俺は貴族ほど薄汚いものはないと、思っていますけど。あいつらが綺麗なのは、オモテだけですよ。裏では何をしているか、分かったもんじゃない」
だから薄汚いだなんて、自虐するものじゃありません。
そんな事を呟きながら、性懲りもなく肩を竦めて見せるラウール。終始人を食った彼の様子に、何かを悟ったのか、諦めたのか。フッとブルースが疲れたように息を吐くと、取り巻き達にちょっとした命令を出し始めた。
「おい、お前ら。俺は今夜、この兄ちゃんと出かけてくる。留守はグラウズ、お前に任せるぞ。いつも通り、キャバレーと酒場を全部、きちんと回しておけ。で、残った奴らはサスキアの捜索だ。分かったな!」
ボスの野太い号令にギャングの割にはピシリと整列して、部下達がめいめい返事を寄越す。あまりに整然とした様子に、かつてのブルースはそれなりの地位にいたのだろう事を想像するラウール。しかも……。
(ヒースフォート・シェパードは警察犬に多い犬種です。デルガドは見た限り、歳もそれなりに行ってそうですし……もしかして)
前足の怪我自体は「仇を討つ」なんて言い方をしていた時点で、ディアブロにやられたものだろう。だとすると、闘犬での負傷であることは間違いなさそうだ。しかし、厳しい訓練に耐える強靭性と知性があるとは言え……闘犬にわざわざヒースフォート・シェパードを持ってくる理由が分からない。この場合はピットブルや、マスティフ……それこそ、ドーベルマンの方が打ってつけだろう。
先ほど、互いの身の上はどうでもいいとは言ったものの。……気付いてしまった以上、答え合わせはしてみたい。
「デルガド……でしたっけ? もしかしてこの子、元は警察犬ですか?」
「あぁ、兄ちゃんは本当に曲者みたいだな。その通りだよ。こいつと俺は若い頃、向こう側で警察ってものをやってたんだが。……デルガドがちょっとした手違いで、ホシを噛み殺しちまってな。俺は監督不行届の謹慎で済んだらしいんだが、こいつは殺処分になるなんて言われたら……嫌気も差すだろ? だって、こいつが噛み殺したのは、強盗殺人をやらかした奴だったんだぜ?」
そんな事があったのが、大体5年前くらい。その失意の中で、当時のブルースはデルガドと一緒に、この街で生き延びようと必死だったそうだ。そうして、がむしゃらに生き延びようとした結果……今ではそれなりの店を持ち、ちょっとした余興を楽しむくらいの余裕には恵まれている、という事らしい。
「とは言え、こいつは血の気も多いみたいでな。たまーに、荒事に参加させてやらないと鎮まらないもんだから。ま、俺もどっちかっていうとそっち側だったと思うし、今じゃ後悔もしてないよ」
「そうだったのですね。でしたら、今夜はジェームズに代理で暴れてもらいましょうか? ……ジェームズ、今の意気込みをお聞かせ願えますか?」
【グルルルルッ……アォォォンッ!】
「……だ、そうですよ。必ず優勝して見せるから、賭け金はきっちり用意しておけ……とのことです」
「はっはっは! そうか、そうか。だったら……俺も一口、乗るとするか」
それまでのお湿りを吹き飛ばすように、豪快に笑うブルース。しかし、表向きは嬉しそうでも、内心に影を残しているのもしっかりと見抜くと……ラウールはやっぱり苦労知らずの貴族は嫌いだと、思い直さずにはいられないのだった。




