スペクトル急行の旅(4)
「のうのう、ところでラウール。最近はどんな感じ? ……体の具合とかで、何か困っている事はないかの?」
「こうして爺様が気まぐれに振り回してくる以外に、困った事は何もありませんよ。……自分の体のことはある程度、自力で何とかしますから、ご心配いただく必要もありません」
「まーた、そんな冷たいことを言っちゃうの? とは言え……お前が怒るのも、仕方あるまいか。できれば、余も早く彗星を見つけてやりたいのじゃが、何ぶん既にあの子は粉々に砕けた後じゃしの。カケラを集めようにも、宝石の姿をしている以外のヒントもないし、地道にいくしかないしのぅ……」
ムッシュの悲しげな呟きさえも受け流し、ふと外を見やると……車窓の景色は長閑な田園風景から一変、いつの間にか険しい山岳地帯に変わっていた。一面に広がる爽やかなグリーンの大地は、初夏の穏やかな日差しを受けているはずなのに、所々に白い化粧跡を残している。きっと、走っている場所は相当に標高も高いのだろう。……心なしか、空気も冷たい。
「爺様、そう言えば……この列車、どこへ行くのですか? 随分と長い時間走っているように思いますが、先ほどから一向に停まる気配もありませんし……」
「あ、まだ行き先説明していなかったっけ。このスペクトル急行は、ルーシャム公国が自国の観光用に敷設した路線での。行き先はルーシャムの首都・キシャワなのじゃが、今回はその記念式典に呼ばれておる。正式な稼働を前に、こうしておもてなしの一環で、特別に走っておるのじゃ。……馬車は窮屈じゃし、列車に乗るのはワクワクするの」
「……それには同感ですね。俺も馬よりも、列車のほうが好きです」
珍しくラウールが前向きな同意を示したところで、個室のドアをノックするものがある。その合図にムッシュが返事をすると、仰々しい制服を着込んだ男が姿を現した。
「……そろそろ昼食の時間でございます、ブランネル・グラニエラ・ロンバルディア公。もしよろしければ、食堂車までご移動いただきたいのですが……ご案内しても?」
「あぁ〜、そうなの? うん、余もお腹ペコペコじゃし、お昼もらおうかの。……ラウちゃんも一緒に来てくれる?」
「……その方が良いでしょうね。何せ、俺は爺様の護衛で付いて来ているのですし」
「もぅ、孫にそんなツンツンした事を言われたら、余の立場がないではないか。しかも、この列車にはルーシャムの方で用意してくれたガードマンも、しっかりおるのじゃぞ? 大丈夫じゃって。それでなくても、こうして可愛い孫と一緒に観光に来たのに……ラウールも緊張せずに、もっと楽しそうにしてくれんかの?」
「かしこまりました。……今回は孫のフリをして、それなりに対応すればいいのですね」
「あぁ〜! もう! ラウールは本当に、ドライなんじゃから! いつになったらお祖父様と呼んでくれるんじゃろうなぁ……」
「今は地団駄より、移動が先です。すみません、爺様がご面倒をおかけしまして。すぐに移動しますから、ご案内いただけますか?」
「……は、はい。かしこまりました。では……どうぞ、こちらにお願いいたします」
明らかに普通ではない祖父と孫のやりとりに、何か不穏な空気を嗅ぎ取りつつも……流石、豪華特急の添乗員ともなれば機微も一流らしい。余計な詮索もせずに、彼らを促して廊下を誘導し始めた。
(……きっとこの様子だと、食事とやらも無駄に豪勢なんだろうな……)
仕方なしに添乗員の背中を追いかけながら、ぼんやりとそんな事を考える。
普段から不必要な食事を摂らないラウールには、それすらも重たい気がして、疲れてしまうのだが。オーダーが孫っぽくである以上……ある程度は付き合うしかなさそうだ。




