マイカサンストーン・チワワ(13)
(こうもごった返していると、人混みに酔ってしまいそうです……)
ジェームズの提案に乗って、ちょっと遠出の散歩に繰り出してみたものの。途中、サントル・コメルシィアルで夕食を適当に調達しようと考えていたが、その計画がつくづく甘かった事にラウールは頭を抱えていた。
どうも、この光景でワクワクできるのは、女性の特権というものらしい。溢れる商品、どこもかしこもキラキラしてオシャレっぽい空気。最近は、そういった空気を理解できるようにはなったものの……やはり、積極的に人に揉まれるのは嫌いである。なので……。
「……キャロル、すみません。これで、適当にトレトゥールを見繕ってきてくれないかな」
「いいですよ? 何かリクエストはありますか?」
「うーん、これと言って特にないけど……あぁ、スナック類があると嬉しいかも。フリットとか、フィッシュアンドチップスとか。塩気があるものが食べたいですね」
「かしこまりました。それにしても……ラウールさんって、意外と脂っこいもの好きですよね?」
「そう?」
そんな事を言いながら、銅貨を10枚ほど手渡すと。自身はジェームズと一緒に、食料調達の任務を託したキャロルの背中を見送る。しかし……ラウールはそれで良くても、ジェームズの方はお留守番は不満らしい。言葉はないなりにフガフガと荒々しく鼻を鳴らしては、ちょっと歩こうとリードをグイグイ引っ張る。
「……ジェームズ、それは無理ですよ。ここはペット同伴は禁止です。ですから、俺達はここで……って、おや?」
ペットは入場禁止を理由にジェームズを納得させようとしていると、気の利いた事にこのサントル・コメルシィアルには、ペット入場可の中庭があるらしい。そちらであれば犬同伴でのお散歩もできるらしく、よくよく見ればドッグランまで併設されているではないか。しかし、そんな至れり尽くせりのスペース横に店を構えているのが所謂ペットショップなのにも、すぐさま気付いて……ちょっと複雑な気分になる、ラウールとジェームズ。その全てを否定するつもりはないが。ティファニーの涙の訴えを聞いた後だと、やや居た堪れない気分にさせられる。
「……とは言え、ジェームズにもおやつを買ってあげる約束をしましたね。折角です。少し、寄ってみましょうか」
【ハゥン……】
本当は生ハムがいいんですけど。そんな訴えをジェームズの視線から気づいても、仕方ないでしょ……と、いつもの肩竦めポーズをとる。そうして、彼のリードを引きながら店の中に足を踏み入れれば。ペットショップとやらで手に入るのは餌やおやつだけではないらしい。リードに、おもちゃ。果ては洋服まで。必要以上に華美な光景に、いよいよ目眩がしそうだ。
「いらっしゃいませ〜……って、わぁ! お客様のワンちゃんは、もしかして、ドーベルマンですか⁉︎」
「え、えぇ……そうですね。どこをどう見ても、彼はドーベルマンでしょうね」
開口一発、店員にそんな浮ついた事を言われて、改めて周囲を見渡すと……周りも犬連れの客が目立つ。しかし、どうも最近のブームは小型犬一辺倒らしい。特に、大事そうに抱っこされているチワワの姿が多い気がする。そんな顔ぶれの中では、ジェームズのやや尖った姿は、良くも悪くも注目を集めてしまうものなのだろう。周囲のチワワ率の高さに、ティファニーの傷心を慮りながらも……ジェームズ珍しさに寄ってきた店員に彼のおやつを買いにきたと伝えると、よし来たと言わんばかりのセールス・スマイルで、彼女が恭しくおやつコーナーへ案内してくれる。しかし……。
「……おやつと一言に言っても、こんなに種類があるんですね……」
案内された先に広がるのは、自分の店よりも明らかに多い商品棚。壁という壁に、どれをどんな基準で選べばいいのか混乱する程に……端から端まで、所狭しとおやつが並んでいる。あまりのカラフルさに、無駄に頭が痛いとラウールが悩んでいると。ご案内も手慣れていると見えて、最後までエスコートしてくれるつもりの店員が、ご要望のお伺いを立ててくる。
「えぇと、ドーベルマンですと……大型犬になりますから、ある程度は食べでがあるものがいいでしょうか。この子にアレルギーとか、あります?」
「いいえ? 一般的に犬が食べられないもの以外は、大丈夫ですよ」
「左様ですね。でしたら、ジャーキー類はマストとして……こちらの牛骨とか、いかがですか?」
「ほぉ……骨ですか。そう言えば、今まで与えたことはなかったかも。……ジェームズ、どうします? 骨、かぶりついてみたいですか?」
【ワン! ハウゥン!】
「……だ、そうです。是非、トライしたいと言っているみたいですので、そちらもお願いします」
「ありがとうございまーす。それにしても……ふふ。この子はジェームズ君って言うんですね。なんて、お利口なんでしょう?」
ジェームズの頭を優しく撫でる様子からしても、彼女はかなりの犬好きと見える。そう言えば、ティファニーも最近のペット産業が大きく変わりつつある……なんて、言っていたっけ。そんな事を考えながら、ジャーキーも選んで貰いつつ、情報収集がてらに世間話も振ってみる。
「……そう言えば、この店はペットショップなのですよね?」
「はい。そうですよ?」
「生体展示はないんですか?」
「あぁ。お客様は最近のペットにまつわる、よくない噂をご存知なんですね」
「よくない噂……?」
時折、ジェームズにこれはどう? ……なんて、お伺いを立てながら彼女が語るところによると。この店はブリーダーとの契約をきちんとしており、子犬や子猫の直接販売は行っていないそうな。犬や猫を飼いたいという相談を受けた上で、対象品種のブリーダーとの仲介をするだけなのだとか。
「私が知っている限りでは、生体展示込みのペットショップの一部には、あんまりよくないお店も混ざっているとか。なんでも、見世物小屋みたいなところで売られていたりとか、犬や猫の闇市と繋がっているところもあるそうです。後は……確か、最近のメーニックでは闘犬も流行っているとかって、聞きましたよ? ……あ、もちろん。実際にワンちゃんや猫ちゃんがいるからって、全部が全部悪いお店とは限りません。場所によっては、シェルターや保護施設を兼ねていることも多いですし」
「へぇ……そうだったんですね。貴重なお話、ありがとうございました。あぁ、そろそろ行かないといけませんかね。すみません、最後にそちらのお会計、お願いできます?」
ありがとうございます……と、更なる満面の笑みを溢す店員の手元を改めて見やれば。そこには彼女オススメの牛骨だけではなく、なんだか贅沢そうなパッケージに包まれたジャーキーとビスケット類が抱えられている。
「……ところで、ジェームズ。あれを全部、買わせるつもりですか?」
【ワンッ! ハッハッハッハ……】
(これ見よがしに、そんなにいい顔をして……!)
そんな与太話と勢いに飲まれた代償の価格は〆て、銅貨12枚。その金額、ラウールの食費(カフェ代は除く)およそ4日分。あまりに贅沢すぎる「おやつ」の山を見つめて、嬉しそうに鼻を鳴らしているジェームズを他所に、キャロルにこの出費の言い訳をどうしようかと……ラウールは今更ながらに、悩み始めていた。




