マイカサンストーン・チワワ(12)
「いらっしゃいませ……と、言っている場合ではなさそうですか、これは。そんなに慌てて、どうしました?」
「突然、押しかけてすみません……。ちょっと確認したいことがあって、今日はお邪魔しまして……」
ルセデスの隣にいるのは……間違いない。あの雑誌に載っていたトップモデル ・ティファニーその人だろう。そんな彼女が大事そうに抱えているパロマは、暖かそうなボア素材の洋服を着てぬくぬくとしている様子だが……小刻みに震えているのを見るに、あまり調子は良くなさそうだ。
「あぁ、もしかして……ヴィヴィアンさんの事ですか?」
「いいえ、今はヴィヴィアンは関係ありません。と、言うのも……」
「サスキアちゃんが拐われてしまったみたいで……!」
「はい?」
2人が代わる代わる、説明して下さるところによると。多分、パロマとサスキアを取り違えたか、或いはサスキアもティファニーの飼い犬だと思われたか。『ラ・ブランシェ』編集部にサスキア同伴でルセデスが出向いた際に、気が付くと忽然とサスキアの姿が消えていたらしい。とは言え、パロマも一緒に大々的に雑誌にも載っていたはずなので、毛色も違う以上、取り違えるはずもない気がするが……。
「それで……多分なのですけど、サスキアを拐った奴はあのサンストーンが目的なんじゃないかと思いまして。で、このお店でサンストーンの行方を追えたりしないかな……と」
「そういうことですか……首にあんな物を下げていたら、確かに目立ちますよねぇ。それでなくても、あの宝石はかなりのお値打ち品でしたから、売り捌けばそれなりの金額にはなるでしょう。そうですね……少なくとも当店には持ち込まれていませんが、あの石は宝石商商会の台帳にも登録済みですし……ふむ。まずは、この界隈の宝石商相手に通達でも、出しておきましょうか」
「通達ですか?」
「えぇ。裏ルートに乗ってしまった場合は、探し出すのは困難でしょうが。普通に買取に持ち込まれた場合は、盗品だと分かった時点で即通報となります。先手を打つために、ある程度の根回しをしておこう……と、言う訳です。ま、その辺の経費はこちらで負担しますよ。あの石はうちが出所ですからね。処遇の責任は取るべきでしょう」
そんな事を言いながら、手慣れたように電話のダイヤルを回しては……電話交換手に繋ぎ先を伝えて、用向きをつらつらと喋り始めるラウール。報告相手が誰かは分からないが、それなりに気心の知れている相手ではあるらしい。時折、イライラした様子を見せながらも、どこか信頼している空気を醸し出しては……最後にチンと、お役目完了とばかりに受話器を置いた。
「はい、これで宝石の根回しは済みましたよ? 裏ルートも含めて網を張りましたから、サンストーンの方は難なくお手元に戻るはずです。とは言え……」
「サスキアちゃんの行方が心配ですね」
宝石は無機物である以上、感情もなければ傷ついたとしても、価値が損なわれるだけだ。だが、サスキアの方は万が一があった場合、価値が損なわれるなんて物差しが通用する相手ではない。宝石の行方以前に、彼女の現状を把握する事を優先すべきだろう。
「ところで、そちらの……パロマちゃん、でしょうか。具合悪そうですけど、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫です。この子は老犬なものですから、いつもこうなのです。それに……いよいよ足腰も弱ってしまったみたいで、最近は輪をかけて元気がなくて。と、言っても……もともと、歩くことはできなかったんですけど」
「えっ?」
腕の中で震える小さな身を慈しむように、ティファニーが優しくその背を摩りながら呟く。パロマは様変わりし始めたペット産業に巻き込まれ、彼女が引き取るまでは小さなケージに閉じ込められたまま、外に出してもらえることもあまりなかったらしい。そのため、後ろ足に慢性的な麻痺が残っているのだそうだ。
「フフフ。この子ったら、私のバッグがとっても気に入ってて……そのバッグで一緒にお出かけするのが、好きだったんですけど。最近はバッグの中でバランスを取るのが難しいみたいなので、こうして常々抱っこしているんです」
「そうだったんですね。ん? と、言うことは……」
「この雑誌に書いてあることって、嘘だったんですか?」
時折、気晴らしがてらに興味津々で見つめていた雑誌をカウンターの引き出しから取り出しては、キャロルが「愛情たっぷり、愛犬との生活」の記事を示してみせる。
「この記事はどうも、ティファニーさんの意図しない内容に書き換えられていたみたいでして」
「おや……そうだったのですね。俺はてっきり、『ラ・ブランシェ』はモデルも総出で犬を飼う事をファッションとして推奨しているのだと、思いましたけど」
「そう、ですよね。普通はこれを読んだら、そう思いますよね。……本当に情けないやら、腹が立つやら。私はそんなつもりで取材に応じた訳じゃないのに……! グスッ……」
「……女の人を泣かせるなんて、ラウールさん、最低」
「俺は率直な感想を述べただけで、泣かせるつもりは……」
ラウールの正直かつ辛辣過ぎる指摘に、必要以上に贖罪意識を刺激されたのだろう。パロマを撫でる手を止めないまま、今度はさめざめとティファニーが涙を流し始めた。……興味がない相手にはとことん冷たいラウールの悪癖はどうも、性懲りもなく抜け切れていないらしい。そんな冷酷な店主を悔い改めさせるためにも……キャロルがティファニーを慰めついでに、妙案を吹っかける。
「そうだ、ジェームズはサスキアちゃんの匂い……分かるよね?」
【アオン!】
「……ですって。ジェームズの鼻はとっても優秀なんですよ? だから、きっとサスキアちゃんも見つけられると思います。ですから……ね、ラウールさん?」
「あぁ、そうなります? 分かりました、分かりましたよ。サスキアちゃんを探すの……こちらでもある程度、お手伝いいたしましょ。……それで良いですか、キャロルにジェームズ」
最近は、キャロルとジェームズに妙に色々と押し切られている気がする。そんな風に、いつものように悔し紛れに頭をガリガリと掻きつつも……ここはある程度の責任を取りましょうかと、返事をすれば。どこか安心した様子のルセデスとティファニーにお礼を言われてしまうと、後にも引けない気がして……また厄介事に巻き込まれたと、眉間のシワを深くせざるを得ないラウールだった。




