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マイカサンストーン・チワワ(10)

 成り行きとは言え、お客様を怒らせてしまった。その事はきちんと報告しないと……と、お客様がお帰りになってからというもの、キャロルは気もそぞろで宿題も手に付かない。一方で気の毒な様子のキャロルを見上げながらも、ジェームズの耳がどこか聞き慣れたエンジン音をキャッチする。


【……このオト、グンヨウバイクか?】

「えっと、バイクですか? ジェームズ」

【タブン。このミョウにクスぶるカンジ……きっと、サイドカーツキのヤツだ。ナンとなくキきオボエがあるのは、このカラダにナジんでいるからだとオモうが……】


 元軍用犬の身に馴染んでいたらしい、バイクのエンジン音。しかし、ここはロンバルディア城内でも、訓練所でもなく……街の片隅に佇む、寂れたアンティークショップ。閑静な住宅街に似つかわしくない()()を警戒するように耳を澄ませているジェームズによると、音は店のすぐ隣で途切れたらしい。


「ラウールさん……行きは馬車だったと思いましたけど……」

【フム……。だとすると、ラウールがカエってキたワケでは……】


 音の主はラウールではないかも。そんな事を話し合いながら、キャロルとジェームズが結論を急いでいると……今度はそれは違うと自己主張するかのように、またも隣からガラガラとシャッターを開ける音が聞こえてくるではないか。


「このお店にシャッターが付いている場所なんて、あったっけ……?」

【スクなくとも、ジェームズはシラないぞ】


 驚くやら、不気味やら。しかし、音の主はどこまでもそんな事はお構いなし。不安を募らせている店員と番犬の懸念も軽々しく吹き飛ばすように、大きなトランクと一緒にバイカーズヘルメットを下げたラウールが、ようやく姿を現した。


「ただいま……って、おや? どうしました、2人して。……俺の顔に何か、付いてます?」

「ラウールさん……さっきの音、何だったんですか?」

「さっきの音……? あぁ、ガレージの音のこと? 久しぶりに開けたから、ガタピシとうるさいったらないですね。もしかして、驚かせてしまいましたか?」

【イヤ、そもそも……このミセ、ガレージなんてあったのか?】


 えぇ、ありますよ? ……と、何食わぬ顔でドサリとトランクを床に下ろしたラウールによれば。彼の継父は普通の人間だったこともあり、日常生活の場では元王族らしく蒸気自動車を個人保有していたそうだ。そして……そんな彼の趣味も高じて、この店にも確かに蒸気自動車が格納されていたスペースがあったらしい。しかし、そんな継父が()()()ラウールにとって、彼の痕跡と思い出をまざまざと見せつけられる蒸気自動車は、空間ごと切り離したい記憶でしかなかった。

 ガレージの()()()()()()()に引き払ってもらったため、空っぽだが。しかしハコ(ガレージ)の方は当然ながら、空間としは残留しており……かなりの期間、開かずの間として放置されていたのだという。


「……で、本当はここにガレージの入り口があるんですよねぇ。戸棚で塞いでしまっていましたが、ここからも出られた方が便利だろうなぁ……。仕方ない。これからはある程度、活用しなければならないし、久々に店の模様替えもしましょうか……」

「あの、ラウールさん」

「うん?」

【どうして、キュウにバイクをツカうコトにしたんだ?】

「あぁ、その事ですか。今日は仕入れと一緒に、宝石鑑定士の冬季講習と試験の申し込みをしてきました。で、その移動手段を確保してきた……という訳です。まぁ、()()は自分の足を使った方が、早いことも多いんですけど。悪目立ちしないためにも、周りに合わせておいた方がいいかなと思いまして」


 蒸気自動車でさえようやく街中で見かけるようになったご時世で、最先端の軍用バイクでも悪目立ちは避けられない気がするが。それでも周りに合わせていると、言い切る感覚のズレは……目立ちたがり屋な向こう側(グリード)の悪影響なのかもしれない。


「えっと……それで、ラウールさん。冬季講習と……試験ですか?」

「えぇ、そうですよ? 知識も大分身についたようですし、そろそろキャロルも本格的に資格を取る準備をしてもいい頃合いかな、と思って。なんだけど、会場でもあるヴランヴェルトが遠いんですよねぇ。馬車でも片道2時間はかかるし……その馬車も毎日呼んでいたら、足代もバカにならないし」


 ですから、白髭の所からバイクを借用(強奪)してきました……と、どこか誇らしげかつ、恩着せがましくラウールが胸を張る。そんな彼の様子とは裏腹に、先ほどまでの緊張感と不安が途切れてしまったらしい。キャロルが今の今まで堪えていた涙を、ポロポロとこぼし始めた。しかし、ラウールは留守番中に何があったのか、知る由もない。故に……目の前の予想外の急展開に、どうだと言わんばかりだった得意顔を引っ込めて、情けなく慌てふためく。


「ちょ、ちょっとキャロル! 何を泣くことがあるのです! あっ、もしかして……俺と一緒にヴランヴェルトに行くのが、そんなにもイヤなのですか? えっと、俺は、そのッ……!」

【……オチつけ、ラウール。そうじゃナイ。……キャロルはタブン、ラウールがカエってきてアンシンしたんだろう】

「安心……?」

【ウム。ジツはな……カクカクしかじか、コレコレうまうま……】


 不安いっぱいのキャロルの代わりに、ジェームズが的確に説明してくれた内容に……次第に慌て顔を渋らせるラウール。そうして、話を聞き終わる頃には店主らしからぬ暴言を吐きながら、怒り出した。


「ホホォ……? ブルローゼ如きが、キャロルに頭を下げさせたと……? これは……不労所得でぬくぬくしている能無し共に売る商品はないと、ハッキリ言ってやらねばなりませんか……?」

【ラウール、オコるポイント、そこじゃない。このバアイはどうカンガえても、オマエがイチバンワルい】

「ジェームズ。どうして、俺が悪いことになるのです?」

【キゾクアイテに、イジをハリすぎだ。ショウカイジョウなんてルールをツクったのが、いけない】

「ゔ……」


 言われてみれば、その通りである。例のピンクダイヤモンドは鑑定書も揃っており、金額こそ飛び抜けてはいるものの、店主不在でも譲渡可能な品物だ。まして曰く付きでも何でもない、極々普通に希少なだけの宝石である。故に、そんなルールさえなければ、キャロルも売り上げを伸ばすこともできたはず。

 それなのに、ラウールが設けた意味不明なルールを守ったせいで、怒られなくていいのに怒られたのである。無論、この場合は相手も悪かったが……()()()()()でいけば、ラウールが偏屈なのが1番よろしくない。


「そうでしたか……。それは、辛い思いをさせてしまいましたね……。別にそれはキャロルが悪い訳ではないですし……」

【ラウール 、ゴメンナサイは?】

「どうして、俺が謝らないといけないのです! こうなったら……キャロルを泣かせたからには意地でも、ブルローゼなんぞにこいつ(ピンクダイヤモンド)は渡しません!」

【……ケッキョク、そうなるんだな】

「……」


 頑固さも、意地っ張りも治らないか。そうしてやっぱり自分は悪くないと責任転嫁をしつつ、明後日の方向に怒るラウール。そんな彼の様子に……涙を溢すのも、なんだか馬鹿馬鹿しくなるキャロルだった。

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