マイカサンストーン・チワワ(9)
「いらっしゃいませ……って、あら? あなたはヴィヴィアン様、でしたよね?」
「はぁい、お邪魔しま〜す! あのピンクダイヤを頂きに来たんだけど……お兄さん、いるかしら?」
綺麗な秋晴れで穏やかな、お昼過ぎ。キャロルが留守番ついでに、ラウールからの宿題をカウンターで取り組んでいると。昨日お見えになったばかりのお客様が、満面の笑みでお越しになる。しかし、ラウールは所用でヴランヴェルトに出かけており、生憎と不在だ。接客はともかく、鑑定や高額商品の売買はまだキャロルだけではできない。なので、差し障りなくご用件をお伺いしておけばいいだろうか……と、キャロルはノートを閉じて、店番らしくしっかりと接客をし始める。
「申し訳ございません。店主は今、仕入れに出かけております。ある程度のお話は、私でもお伺いできますが……」
「そうなの? まぁ、それは仕方ないわよね。で、さっきも言ったけど……」
「ピンクダイヤモンドをご所望でしょうか? ただ、あちらは先日もご案内いたしました通り、かなりのお値段です。それに……」
「だぁかぁらー! そのダイヤを譲ってって、言ってるじゃない! ね、ハドソン?」
「ハドソン……様?」
彼女の狙いはこの店1番の高額商品、ピンクダイヤモンドのようだ。しかし、虎視眈々とお宝ゲットに燃える彼女の隣に佇むのは……昨日と同じお連れ様ではなく、全くの別人。そして、全くの別人にあろうことか金貨30枚を強請れるその神経に……キャロルの思考も少しばかり、付いていけなくなっていた。
「フフフ。君が驚くのも、無理はないよね。私はハドソン・ブルローゼ。ロンバルディア四大貴族のうちの1つ、ブルローゼ家の跡取りで……麗しの青薔薇侯爵とは何を隠そう、私(の父)の事さ!」
「さ、左様でしたか……」
そんな事を偉そうに言われても、ある意味で貴族慣れしているキャロルは恐れ慄くどころか、呆然とするしかないのだが。しかしそんな彼女の反応を、好意的に受け取ったらしいハドソンが意気揚々と語るところによると。彼は愛しい婚約者のために、わざわざこんなちっぽけな店に出向き、わざわざ自ら買い付けに来てやった……という事らしい。と、いう事は……?
「えっと……。ヴィヴィアンさんは、メーニャン様とも仲良くされていたように思いましたが……婚約者さんもいらしゃったのですか?」
「あぁ、ルセデスの事は忘れてくれて、構わないわよ。私、お金がない男は嫌いなの」
「へっ? そ、そうなのですか……?」
彼の名前に、昨日の屈辱を思い出したのだろう。ヴィヴィアンがプイと不機嫌そうにそっぽを向きながら、さも憎たらしいと悪態をつく。そんな彼女を隣から、必要以上にキザな様子でハドソンが取りなしているが……やり取りもどこか茶番じみていて、キャロルの思考はいよいよ完全に置き去りの状態。状況は理解できるが、ヴィヴィアンの心情は理解できそうにもない。
「とにかくだ、君! そこのピンクダイヤモンドはヴィヴィアンにこそ、相応しい! 是非、譲ってくれたまえ!」
「お買い上げありがとうございます……と、申し上げたいところですが。すみません。当店では、高額商品をお譲りする時は紹介状が必要なんです……」
「紹介状……?」
「はい……。あちらのピンクダイヤモンドは、少し特殊な宝石なのです。ですから……当店のルールを押し付けるようで申し訳ないのですが、所有するにはそれなりの資格が必要となります。もちろんピンクダイヤモンド自体は正真正銘本物ですし、こちらの店にやってくる前から鑑定書もしっかりと付いています。そこはご安心いただいて、構わないのですけど……」
「ですけど……?」
ここから先はハッキリ言って、ラウールのワガママである。彼の貴族嫌いが高じて設けられたルールはシンプルに言えば、No first time customers……一見さんお断り、というもの。しかし、実際にそれはどんなに表向きは由緒正しくとも、貴族は信用できないという彼の偏見がもたらした、売上激減を含む縛りプレイでしかない。
キャロルにしてみればこんな事をして何が楽しいのだろうと、首を傾げてしまうのだが。あくまでラウールの確固たる偏屈さ故の暴挙でもあるので、彼をそれなりに理解している彼女も早々に諦めていた。
「厳密に申し上げれば、当店では金貨以上のお品物の譲渡は当店の顧客リストに載っている方か、その方からの紹介状を持っている方に限らせていただいております。ですので、その資格をお持ちでない方にはお譲りできないんです……」
「な、何と、小癪な! 君、分かっているのかね⁉︎ 私はあのブルローゼの……」
「誠に申し訳ございません。どんなお家柄であろうとも、当店の店主に貴族様の権威は通用しないと思います。どうしてもピンクダイヤモンドをご所望でしたら、大変お手数ですが、紹介状をご準備くださいますようお願いいたします」
「まぁ! あなた、分かってるの? あのダイヤは金貨30枚なのでしょ? 30枚! それを留守中に売り上げたら、褒めてもらえるんじゃないの?」
「……いいえ。むしろ、怒られちゃいます。本当に申し訳ございません……」
なんとかこの場は諦めてもらえないかと、誠心誠意頭を下げて詫びるキャロル。そんな健気な対応を見せつつも、彼女は押しても引いても謝るばかり。そうして……決定権を持たないらしい店員と話をしていても埒が明かないと、最後は2人揃って腹立たしそうに悪態を吐きながら、去っていった。その様子に、お客様を追い払えた安心半分、お客様を怒らせてしまった不安半分の状況で、疲れたように額に手をやるキャロル。
【……ダイジョウブだ、キャロル。ブルローゼはコモノキゾク。オコらせても、タイしたコトない】
「仮にそうだったとしても……お客様を怒らせてしまったのは、間違いないですし……。あぁ、大丈夫かな……」
【シンパイするな。ラウールだったら、もっとスバヤく、もっとテキカクにダイゲキドさせてる】
そんなジェームズの言葉に慰められるどころか、先行きが心配だと……今度は目眩も覚え始めるキャロル。店主が往々にして偏屈では、常々苦労させられるではないか。




