マイカサンストーン・チワワ(8)
「この記事、どう言う事なんですか⁉︎」
「ま、まぁ、ティファニー 。落ち着いで。仕方ないでしょ、これはスポンサー側の意向なんだから……」
「これが落ち着いていられるとでも⁉︎ これじゃぁ、私が何も考えずにパロマを引き取ったみたいじゃないですか! 私……こんなつもりで取材に応じたわけじゃないです! こんな記事を書かれたらますます、無闇に犬を飼う人が増えるじゃないッ!」
ヘンリーからも承諾を得て、新聞に広告を載せる手筈を整えようと……『ラ・ブランシェ』編集部の待合室でルセデスが待っていると。何やら怒っているらしい女性の声が響いてくる。声の主は編集長の受け答えからするに……ヴィヴィアンにちょっとした悪影響をもたらした、トップモデル・ティファニーその人のようだ。
「どうしたのですか? 何やら、揉め事みたいですけど……」
「あぁ、すみませんね、メーニャンさん。えっと……」
「……あら、お客様がお見えだったのですね。すみません、失礼しました。それと……初めまして。私はティファニー・レンディール。一応……こちらの雑誌でモデルをしております」
「あぁ、ティファニー さんですよね。もちろん、存じてますよ。ヴィヴィアンがお世話になっています」
あなたが、ヴィヴィアンの新しい恋人さん? ……と、美しいグリーンの瞳を丸くしながら、ティファニーが呆れた表情を見せる。その様子に、ヴィヴィアンの男癖の悪さはかなりの評判らしい事に勘付いては、ため息をつくルセデス。
例のアンティークショップの一件以来、自分は都合よく利用されているだけなのだと、気付いてから……彼はヴィヴィアンとは距離を置こうと何となく決めてはいたのだが。それなのに、ヴィヴィアンの方はまだしばらくはルセデスをシッター代わりに利用するつもりらしい。彼の膝上には、撫でられてどこか嬉しそうな表情を見せながら、目を細めている小さな茶色の犬がちょこんと座っていた。
「しかも……そっちはサスキアちゃんよね? まさか……ヴィヴィアンはまた、この子を放って遊びに行っているのかしら?」
「えぇ、そうみたいですね。彼女も私が今日はこっちに来るのを知っていたから……どうやら、最初から私にサスキアを預けるつもりで、この場所に置き去りにしたみたいです」
「……そう。サスキアちゃんも可哀想に……。それもこれも……! 編集長! やっぱり、その曲がりに曲がった記事のせいだわ! そんな出鱈目を書いているから、売り上げも落ちるのではなくて⁉︎」
「い、いや……そんな事は……ないと、思うけど……」
相手は一介の従業員とは言え、流石に雑誌のイメージを担うトップモデルのご意見となっては無碍にもできないらしい。編集長が萎れたように、ティファニーに苦しい弁明を始めるが、その内容の酷さに、ルセデスも一緒に眉を顰めなければいけない始末。これは、要するに……。
「えっと……あの記事って、もしかして……スポンサーの意向で、チワワを飼うことを扇動してたってことですか?」
「えぇ、その通りよ。私は一部のブリーダーもどきが無理な繁殖をさせては、犬に酷いことをしている……って、伝えたかっただけなの。本当はパロマみたいに、繁殖犬なんて子を犠牲にしている産業があることを知って欲しかったの。なのに……私が喋ったことをロクに理解もせずに、いいように書き換えて! しかもバックには、大手のペットショップがいるんですって⁉︎ 何よ、それ! そんなものに利用されたんじゃ、こっちは堪ったものじゃないわ! もう……こうなったら、ブランシェのモデル、辞めさせていただきます! 丁度、この間ハーストの方でモデルの募集をしていたし、そちらにチャレンジしてみるわ」
「ちょ、ちょっと待って、ティファニー! そんな事をされたら……」
『ラ・ブランシェ』の売り上げはますます落ちるだろうな。そんな明らかな凋落を想像しては……なるほど、とルセデスはようやく、ヴィヴィアン由来の甘い麻痺から脱却し始めた頭を鮮明に回転させていた。
目の前で啖呵を切ったティファニーは、生粋の動物愛護家なのだろう。しかも彼女の愛犬・パロマはどうやら、元・繁殖犬……要するに、子犬を生むためだけに利用されていた哀れな被害者だったのだ。だから、彼女はそんな繁殖犬をわざわざ引き取る事で、産業自体に警鐘を鳴らそうと取材に応じた……という事になるらしい。しかし、その結果は彼女の意向とは真逆の惨憺たる有様。犬を飼う事をファッションへと昇華させる事で、チワワという犬種そのものを流行させつつ、売り上げにも意図せず貢献させられたとあれば。ティファニーが怒るのは、当然だろう。
「……サスキア、眠いのかい?」
「クゥン……」
「そう。だったらしばらく、このまま眠ってていいよ。それにしても、犬も大変だよな。人間の都合でこうも振り回されてたら……本当に堪ったものじゃないよな」
目の前で繰り広げられている、情けないティファニーへの懇願と弁明の様子を見つめながら……ルセデスはまた、疲れたようにため息をつかずにはいられない。広告のお話は仕事だから所定の話に従って、対応しなければならないものの。こうも内部の愛憎劇を鮮やかに見せつけられては、ブランシェの未来は暗いだろうなと想像せずにはいられないのだった。




