マイカサンストーン・チワワ(6)
「ねぇ、ルールー……」
「あぁ、先に言っておくと。いくら何でも、金貨30枚は無理だよ。正直な所、予算は銀貨5枚程度を想定していたのだけど」
「えっ? その程度⁉︎ ちょ、ちょっと! さっきの話、聞いてなかったの? ダイヤ1カラットがその値段じゃない! あのパロマはそんなダイヤをぐるっと一周、首にぶら下げているのよ⁉︎」
そこを張り合う必要性は全くないと思う。それに、犬の首輪にぶら下げるのには銀貨5枚でも破格だと思うが……。というか、ルールーって……まさか、ルセデスの愛称なのだろうか?
ヴィヴィアンの発言だけで、それだけの疑惑を浮上させては、顔を見合わせるラウールとキャロル。一方で……ジェームズはいつの間にかサスキアと仲良くなったのか、床で一緒に丸くなっては、退屈しのぎがてらの寝息を立てていた。
「えぇと、ヴィヴィアンさん。メーニャン様のおっしゃったご予算内で、ある程度はご案内可能です。別に、そのパロマちゃんと一緒にしなくてもいいでしょう。こういうものは、個性も大事だと思いますよ?」
「そういうものかしら? でも、宝石って言えば、やっぱりダイヤだと思うの。ねぇ、ハンサムなお兄さん。そちらのピンクダイヤ、ルールーの出世払いで頂けないかしら?」
「えぇっ⁉︎ ちょ、ちょっと待ってよ、ヴィヴィアン。金貨30枚を出世払いって……何年かかると思っているんだ!」
モーリス基準で考えれば、約41年分。おそらく、現在30歳前後と思われるルセデスの余生分の給料を、丸ごと搾り取る勢いの借金になるだろう。
「なんでしょうね……モデルさんというのは、みんなこの調子なんでしょうか……。まぁ、いいや。兎にも角にも、当店は現金払いのみです。出世払い等という非現実的かつ、回収率も絶望的なお支払い方法はございません」
「……ですよね。すみません」
ラウールのある意味で当然の返答に、途端に頬を膨らませるヴィヴィアンの一方で、どこか恥ずかしそうに萎れながらルセデスが小さく呟く。そんなルセデスのあまりに居た堪れない様子に、流石のラウールも同情しては……ここはついでにある程度、恩を売っておいても損はないかと思い直す。
「そうそう、そう言えば。その位の金額で、打ってつけの宝石が1つ、ありますよ。非常に希少な上に、かなり個性的でもありますから……サスキアちゃんの首元で目立つ事請け合いです。良ければ、そちらをご覧になりませんか?」
「ほ、本当ですか⁉︎ 是非、お願いします!」
いつになく優しい店主の合図を受け取って、すぐさま候補になる商品に当たりをつけられたらしい。キャロルが心得ましたとばかりに、カウンター奥の金庫から赤い宝石のついたネックレスを持ち出してくる。そうして、トレイごと中央のケースの上に乗せては……お客様に宝石の説明をし始めた。
「お待たせしました。これはサンストーンと呼ばれる石なのですけど……この子は特に、アベンチュレッセンス効果のグレードが高いものです。大きさと特殊効果の具合も申し分なく、光に透かせば、太陽みたいにキラキラと輝きますよ」
そこまで説明したところで……1つパフォーマンスでもしましょうかと、手袋を嵌めた手でサンストーンをその場で持ち上げて、窓際で光に当ててみるキャロル。そうされて秋の柔らかな光を受けた宝石は、辺り一面に穏やかながらも、情熱的な光を放ち始めた。
「まぁ……! なんて綺麗なのかしら⁉︎ これだけ光れば、確かに目立つ事、間違いなしね!」
「しかし、これもサンストーンなのですか? 私が持っているものとは、随分と違うような……?」
あぁ、そう言えば。以前に鑑別して欲しいと(思惑は別のところにあったようだが)、彼もサンストーンを持ち込んだ事があったっけ。
そんな事を考えながら、ここは専門店の意地を見せましょうと、更に商材の詳しい情報を与えてみるラウール。彼のサンストーンも品質は申し分ないルースだったが……キャロルが持ち出してきたサンストーンは、4Aグレードが自慢の高級品。その辺の宝石と一緒にされるのも、非常につまらない。
「こいつはサンストーンの中でも、通称・マイカサンストーンという石でして。先ほど彼女の紹介にもあった通り、アベンチュレッセンス効果……光を受けて、キラキラ輝く光学効果のことですね……とインクルージョンの美しさに加え、スター効果まで兼ね備えた一級品です。ここまでのレベルのものはそうそう、見つかりませんよ。もちろん、お買い上げいただくからには、鑑別書も当店の分は責任を持ってお付けします。是非、この機会にご検討を……」
「そうそう、これよ、これ! ねぇ、ルールー!」
「そ、そうだね! すみません、ラウールさん。このマイカサンストーンを譲って欲しいのですが」
「……即決ですか? 本当に? ……まぁ、こういうものは勢いも大事ですかね。ところで、こいつは一応ネックレスに仕立ててあるのですけど……チェーン部分はどうします? ワンちゃんの首輪につけるには、邪魔になりそうですけど」
「チェーンはいらないわ」
「そうですか。それじゃ……余ったこいつには、他のトップをつけるとしましょうかね。それで……でしたら、お値段は銀貨3枚で結構ですよ」
「えっ……? チェーンがないだけで、そんなにお値引きされるの?」
「もちろんです。何せ、このチェーン自体も24Kレベルの純金製ですから。その分の金額をお値引きするのは、とうぜ……」
「ちょ、ちょっと待って! やっぱり、それも頂いて行くわ!」
用途からして、チェーンは必要ない気が……しかして、彼女はどこかの誰かさんも呆れる程に、欲張りなお方らしい。自分の懐が痛まないのをこれ幸いと、得られるものは根こそぎ得ようとする姿勢に……ルセデスの恋路は険しいものになりそうだと、ラウールは内心でご愁傷様と盛大に呆れ返っていた。




