マイカサンストーン・チワワ(4)
「ただいま戻りました……って、どうしたのです。ラウールさんに、ジェームズも……」
「あぁ、おかえり。今日、野暮用でやってきたお客様が、ちょっとしたお土産を置いて行ったものだから。それで、中身を理解しようと頑張っていたのだけど」
【ジェームズ、これ……よくワからない。どうして、こんなにもウゴきヅラそうなカッコウをさせるんだ?】
「……?」
ソーニャとショッピングに出かけていたキャロルが、閉店後の店に戻ってくると。なぜか、カウンターではなく床で一冊の本を広げながら、眉間にシワを寄せる店主と看板犬の姿がある。そんな彼らが覗き込んでいる雑誌らしき物を見つめれば……そこには綺麗な女の人が小さな小さな白い犬を抱き上げて、満面の笑みを浮かべていた。
「……何も、床で見つめなくてもいいでしょうに……。ところで、これは何の雑誌なんですか?」
「ラ・ブランシェというみたいですよ。有り体に言えばファッション誌ですが……なるほどね。こういう雑誌にかかれば、犬を飼う事もファッションになってしまうのですね」
【コイツがどうオモっているかはシらないが……スクなくとも、ジェームズはイヤだぞ。イヌにヨウフクはいらない】
誌面で大きな瞳を潤ませるチワワを「コイツ」呼ばわりしながらも、ジェームズが眉毛にも見えるタンカラーを顰めて、「あぁ、嫌だ嫌だ」とわざとらしく呟く。その様子に……やっぱりジェームズの感性は犬ベースなのだと思いながら、一応、彼女側の言い分も補足してみるラウール。
「まぁ、中には洋服が必要な犬もいるのでしょう。特にチワワは温暖な地域原産の犬ですし、寒さにはとても弱い傾向があります。ですから、洋服を着ないといけない事情も大なり小なり、あると思いますよ。とは言え……ここまでゴテゴテした洋服を着せる必要はないと、俺も思いますけどね」
【だろう? こんなにヘンなフクをキせられたら、ジェームズはイエデするぞ】
「おや、そいつは大変だ。大丈夫ですよ。ジェームズに身に付けていただくのは、蝶ネクタイが関の山でしょうから」
ラウールの寛大なご理解に、満足げに胸を張るジェームズを誌面から見つめているチワワ。そんな記事に書かれている事を、キャロルもどれどれと目で追ってみるが……あまりの過保護さに、流石に眉を顰める。
「……ここに書かれていることって……本当なんでしょうか?」
「多分ね。それにしても……こればかりは度を超えていると、俺も思いますよ。チワワちゃん……この子はパロマちゃんと言うらしいんですけど……がどう思っているかは、知りませんが。自分の足で外を歩かせないように、移動は常々高級ブランドのバッグでと言うのだから、驚くやら、呆れるやら。まぁ、チワワは世界最小の犬種でもあるため、もしかしたら怪我もし易いのかもしれませんが……。とは言え、足はしっかりあるのだから、歩けないことはないと思うけど」
「……ですよね。これ、本当にワンちゃんのためなんでしょうか?」
さぁ、ね……と、とりあえず、肩を竦めて話を濁すものの。そればかりは、ラウールも判断基準すら持ち合わせていない。そこには、もしかしたら外見からは分からない事情があるのかもしれない。それこそ、怪我とか……先天的な病気とか……彼らの「本当に犬のためなんだろうか?」という疑問も、ある意味で常識という名の偏見によるものだろう。あくまで犬は寒さに強く、散歩が好き……というステレオタイプの認識でしかない。しかし、世の中には例外がごまんと存在するのも、分かり切っていることではある。とは言え……。
(この雑誌が売れなくなった理由は、ハーストのせいだけではない気がしますね。……モデルがこうも出しゃばって、身勝手な事を語れば……読者は辟易すると言うものです)
誌面のパロマちゃんは自己主張する言葉すら持たないが、それを補って余りあるほどに飼い主は雄弁かつ、饒舌なようだ。そんな彼女が語ったらしい、「愛情たっぷり、愛犬との生活」とやらに、過剰な虚飾と自己欺瞞を嗅ぎ取っては。ついつい、鼻を鳴らしてしまう。そうして、他の記事には興味があるらしいキャロルに、用済みの雑誌を預けるものの。どうも、モデルという女性達は好きになれそうにないと諦めながら、ようやく床から立ち上がるラウールだった。




