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マイカサンストーン・チワワ(3)

「ヴィヴィアンは……私の恋人でして。それで、実はロンバルディアには彼女のお願いもあって、()()()()()()()()で来ていたんです……」

「あぁ、そういう事ですか……」


 ルセデスは普段、隣国・スコルティアに拠点を置いている新聞社に勤めている事くらいは、()()()()()()が。職業柄、彼の行動範囲はかなり広いのだろう。それでなくても、スコルティアは空気もよろしくない。ロンバルディアも空気が綺麗だとはお世辞にも言い難いが……それでも、スモッグの元凶から多少離れれば、まだマシというもの。仕事は()()したくなるのも、無理はないのかも知れない。


「で、仕事のタネはこの雑誌の広告について……だったのですけど」

「雑誌の広告……?」


 ルセデスがややくたびれたビジネスバッグから、恥ずかしそうに取り出したのは……『ラ・ブランシェ』とお洒落なロゴが踊る、1冊の雑誌。表紙の雰囲気からするに、どうやら……。


「……もしかして、ファッション誌というヤツですか、これは」

「えぇ、そうです。一応は、仕事に私情は挟まないことにしているんですけど。友人の勧めもあり、今回はこの雑誌について……ヴィヴィアンの相談に乗ることにしたんです」


 その友人はきっとヘンリー氏の事だろうなと思いながらも、ルセデスの事情に耳を傾ければ。この目の前に置かれた『ラ・ブランシェ』は、最近創刊された『ハースト・バザー』に読者を奪われているそうな。そんな事情もあり、スコルティアで新規読者を獲得しようと、新聞社で広告を出したいと相談を受けたのだそうだ。


「ハースト……ですか。そう言えば、少し前に取締役の不祥事があって……結局、元の社長がトップに返り咲いたって聞いてはいましたけど。あぁ、なるほど。不祥事の穴を埋めようと、ハーストはお得意のプレス関連に力を入れ出したんですね」

「その通りです。それでなくても、()()()は服飾関連の子会社も数多く抱えている上に、ロンバルディアでは知名度も抜群でしょう? ですから……ヴィヴィアンを起用してくれているブランシェは、かなりの窮地に立たされているのです」

「ヴィヴィアンさんを起用している? ……と、なると。メーニャン様の恋人は、モデルですか?」


 ラウールの何気ない質問に、ルセデスがいよいよ顔を真っ赤にしながらも……どこか誇らしげにドッグイア(角折)までしてあるページを開いて見せる。そんな彼が示すページをどれどれと、眺めてみれば。真っ赤な口紅が艶やかな美人が、誌面の中で微笑みを漏らしていた。


「……この方が、ヴィヴィアンさん?」

「えぇ、そうです。元々はうちの新聞所長……あぁ、友人のヘンリーのことですけど……と、この雑誌の編集長が旧知の仲だったとかで。その縁もあり、無事お近づきに……なれまして……」

「……それはそれは。お幸せそうで、何よりですね」

「フフフ、そうでもありませんよ……と言いたいところですけど。ただ、最近は色々とあって……。なんとなくですが、彼女は私に対しては本気じゃないと思っているのです……」

「おや……どうしてです?」


 何かにつけ僻みっぽいラウールが慇懃に嫌味を返しても……それさえも気づけない程に、ルセデスは深く悩んでいるらしい。()()()()で対面した時には、頭の切れる面倒な相手だと思っていたが。……恋煩いというのは常々、人の神経を甘ったるく痺れさせる。そんな()()()に負けず劣らず、甘いであろうクリームを掬いながら……ルセデスが痺れていてもよく回る舌先で、渦中のチワワについて喋り出した。


「彼女はどうも、目先の流行や権威に弱いみたいでして。私に擦り寄ってきたのは、報道人としてはちょっとだけ有名人だったから。それで……チワワを突然連れてきたのは、ブランシェのトップモデルを真似て……だと思います」

「もし、それが本当なら……当のチワワちゃんにしたら、いい迷惑でしょうね。しかし……まさか、そんな愚痴を聞かせるために散歩の同伴を強行してきたんですか? それ……話し相手は俺じゃなくても、いいのでは?」

「そう、言わないでくださいよ。ちゃーんと、話には続きがあるんですから」

「……まだ、続くんですか?」


 きっと、ジェームズも退屈なのだろう。足元で欠伸をしだした彼にもう1枚、ゴーフルの追加をお願いしては、仕方なしに自身はルセデスに向き直るラウール。普段であれば迷惑とばかりに、とっくに強制離脱をしているのだが。目の前の難敵に()()()()を掴まれかけていることもあり、これは大サービスと割り切り、話を促す。


「で、そのトップモデル……ティファニーさんの愛犬・パロマちゃんがダイヤモンドの首輪をしているとなっては、自分のチワワ……サスキアって言うんですけど……にも同じように宝石を身に付けさせたいと、言い出しまして。ですから……」

「それで、俺のところに駆け込んでみた……と」

「すみません……。いや、ダイヤとまではいかないにしても……ちょっと珍しい宝石を見繕ってやれば満足するかな、と思って。ただ……」

「……ヴィヴィアンさんの反応次第では、メーニャン様は却って傷つく事になるのでは?」

「分かっていますよ。だけど……これを機にしっかりと現実を確かめて、お仕事だけの関係と割り切るかを判断したいんです。ですから……この通りです! 私に少しだけ、協力してくれませんか⁉︎」


 さて、さて、今回も妙な事に巻き込まれそうだ。

 周到なサービス精神を出してみたまでは、よかったものの。ラウールの必要以上に鋭い勘がお節介にも、()()()の匂いを余す事なく嗅ぎ分けてくる。それでも、辛抱強く色々と諦めつつ。よければヴィヴィアンさんと一緒に店にお越しくださいと、提案してみれば。彼の返事に、どこか助かったとばかりにルセデスが安堵の表情を見せる。しかし一方で、何かにつけ挑みかかってくるラウールの頭痛は……神経毒の余熱を浴びせられて、甘ったるくもたれ始めていた。

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