マイカサンストーン・チワワ(2)
ジェームズお気に入り、いつものオープンカフェ。この店はペット同伴可という事もあり、犬用のゴーフルがメニューにあったりするのだが……そのゴーフルはジェームズの肥えた舌さえも満足させるのだから、店側としてもペット用メニューには力を入れているのだろう。しかし……どうも人間用メニューは平凡なのが、いけない。
そんな事情を知り尽くしているため、慣れたようにブレンド……ではなく、エスプレッソ(ダブル)を注文するラウール。一方で、甘党らしいルセデスはカフェオレと、胃もたれしそうなクリームたっぷりのケーキをお願いしている。そんな居座る気満々の厚かましい注文に……ラウールの口から、諦めたようなため息が漏れた。
「それにしても、本当に格好いいワンちゃんですね。ドーベルマンか……実際に見ると、大きいというよりはスマートな印象が際立ちます。特に、この尖った耳! 強そうだなぁ……!」
「お褒めいただいた手前、何ですが。……この耳は人間の都合で断耳されたものです。本来、ドーベルマンは垂れ耳の犬種ですよ」
「そうだったのですか?」
「えぇ。ドーベルマンは現金輸送の番犬として品種改良されたのが、大元のルーツです。耳と尻尾を子犬の時に切断するのは、役目を全うさせる時の弱点を極力減らすためであって、それはどこまでも人間側の都合でしかありません。ですので……今は動物愛護の観点から、断耳や尻尾の切断をしないケースも増えていますね」
「……な、なるほど……」
敏腕ジャーナリストの割には、そんな事も知らないなんて……と、内心ではしかと優越感に浸る。しかして、ラウールが言うように、ドーベルマンの尖った耳と短い尻尾は自然な姿ではなく、人工的に作られた特徴だ。そんな背景も考慮せずに、ただ浮かれたようにジェームズに詰め寄るルセデスに、もう少し深く釘を刺してやろうかと……仕方なしに、今度はそれらしいジェームズのあらましを伝えてみるラウール。この様子だと、彼には「犬を飼う」ことに関する蟠りがありそうだ。
「しかし……ジェームズは元軍用犬でして。耳と尻尾の切断は使役犬としては、必須でした。そういう訳で、この子もかつてはロンバルディアの軍に属していましたが。運悪く訓練の最中に、頭を強く打ってしまったようですね。そのせいで、視覚の殆どを失ったらしいのです。で、この瞳の色……と言う訳です。まぁ、犬は視覚よりも聴覚と嗅覚を頼りにしている部分が多いですし……日常生活に支障は出ていませんけど。とは言え、俺も知り合いからこの子を預かるとなった時には、事情も込みできちんと覚悟もしましたよ。動物を飼うのは往々にして、責任と知識が必要です。……格好いいだとか、綺麗だとか。そんな薄っぺらい理由だけで動物を飼う人は……全くもって感心できませんね」
「……」
この萎れた反応を見るに……予想通り、彼には犬を飼うことに関して、相当の事情があるらしい。先ほどまで、貪欲な様子で注文していたケーキが運ばれてきても、一向にフォークを手に取ろうとしない。
「ラウールさんのおっしゃる通りですね。そうです、相手は生き物ですもの。飼い主としての心構えなくして、簡単に飼っていいものじゃないですね。それなのに、ヴィヴィアンの奴……! ただ周りで流行っているってだけで、勝手にチワワを連れてきて……!」
「チ、チワワ? それよりも……ヴィヴィアンって、誰です?」
あまりに突拍子もない反応に、つい頓狂な声を上げてしまったが。間抜けなラウールを尻目に、足元ではジェームズが早くゴーフルをくれと言わんばかりに見上げている。彼の健気な様子に「よし」の合図をして、ご希望に沿ったところで……改めてルセデスに向き直れば。カフェオレを啜りながら、器用にため息をつきつつ。ルセデスが今回のお題をしおらしく語り出した。




