マイカサンストーン・チワワ(1)
(タイクツだ……)
連日、あれ程までに容赦なく黒い身を焦がした太陽も、ようやく控え目さを取り戻した頃。どことなく、深まる秋の気配を本格的に帯び始めた空を見上げるついでに、店の中を見渡せば。ジェームズのライムグリーンの瞳にさえも、どこをどう見ても閑散としている店内の寂しい様子が映し出される。
(アイカワらず、ヒマだな……このミセは)
この状態を、店主はどう思っているのだろう?
当然でありつつも漠然とした疑念を乗せて、空気を窺うように視線を泳がせると。店主の方は呑気なもので、カウンターでのんびりとコーヒーを嗜みながら、新聞を広げている。その様子に……やる気はあるのかと、つい退屈に不満を乗せてジェームズがラウールを詰り始めた。
【ジェームズ、つまらない。しかも、キョウもそろそろユウガタなのにおキャク、ゼロ。ラウール、シゴトするキあるのか?】
「おや、今日に限って……ジェームズは随分とご機嫌ナナメなのですね? ……仕方ないでしょ。この店に客がいないのは先代の時から一切、変わっていません。しかも、今日はキャロルがソーニャと約束をしているとかで、出かけているのです。店番は店主と愛犬でしっかりとしませんと」
事もなげに、商売っ気のない言い訳しながら……仕方ありませんね、とラウールがパタリと新聞を畳み始める。そろそろ、夕方のお散歩にでも行きましょうか……と、いつもの調子でジェームズを籠絡しにかかるものの。ラウールが腰を浮かせたタイミングで、運悪く……珍しいはずのお客様が姿を現した。
「いらっしゃいませ……って、これはこれは。……こんなお時間にどうされました、メーニャン様」
「やぁ、ラウールさん。お久しぶりです。まぁ、大した用件はないのですけど……近くに用事があったので、ついでに足を伸ばしてみました」
「……そう、でしたか。とは言え……俺はこれから、愛犬の散歩に行こうと思っていたのですけど」
「愛犬……?」
招かれざる客、とはまさにこの事を言うのだろう。貴重なはずのお客様の顔を見た瞬間、ラウールが途端に険しい顔をしたのを認めては、軽めにグルルと唸って見せるジェームズ。そんな頼もしい愛犬の様子に……本来であれば嗜めるべき場面なのに、ラウールも満足げに褒めるのだから、タチが悪い。
「……フフフ、流石は当店自慢の番犬。この様子ですと……商売になりそうもないお話はご遠慮くださいと、申しているみたいですね」
「何と! それは心外だなぁ。私は別に、冷やかしでやってきた訳じゃないですよ?」
「……フゥン? 左様で?」
どうです、ワンちゃんの散歩がてら話の続きを聞いてくださいよ……なんて、ルセデスが敢えてラウールの不機嫌を受け流しては、陽気に絡んでくる。彼の妙な押しの強さに……これ以上無碍にあしらっても、却って足が付くかと、押し切られる形で渋々了承するラウール。
「……分かりましたよ。丁度そろそろ、店仕舞いしようと思っていましたし。そうそう。いつも散歩の途中で、立ち寄るカフェがあるのです。ジェームズもお気に入りのそちらで、お話をお伺いしても?」
「そいつはいいですね! そっか……こちらのワンちゃんは、ジェームズっていうんですね。いいなぁ。私も……どうせ飼うんなら、立派な大型犬が良かったなぁ……」
「……?」
建前でも、虚偽でもなく……どうやら本音らしいルセデスの言葉が、妙に引っかかる。どことなく疲れた様子に、彼のご用件はどうも向こう側絡みではなさそうだと、少しばかり気分を持ち直すラウールだった。




