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アメトリンの理想郷(14)

 みんな……行ってしまったか。誰よりも自分を気にかけてくれていたらしい旧友(イノセント)とも、喧嘩別れになってしまった以上、自分がこのままの姿で留まる理由もない。

 それは決意にも似た、1つの失望。相変わらず痛む腰を摩りながらも、住人さえ持たない理想郷の崩れ道をゆっくりと進んでは……悲しみを吐き出し続けている存在へと、確かに到達するトワイライト。

 そうして辿り着いた視線の先にあるのは……花畑に埋もれるようにして、ポッカリと口を開けた古井戸だった。この井戸は確か、まだ下界で人間達とも一緒に暮らしていた楽しい時期の名残だったっけ。そんな郷愁を思い起こす井戸の底から、確かに伝わってくる悲嘆を読み取っては……あぁ、そういうことかと、トワイライトは大きく嘆息する。


【そうじゃな……。そろそろ、ワシは銀河に還るべきなのかも知れん。この青空城と一緒に……どこまでも冷たい、孤独の常闇へ。はぁ……それにしても……。最後に救うべき相手が自分自身とは、本当に……情けない事よのぅ……】


 悲鳴を上げながら軋む腰の痛みも物ともせず、いよいよ井戸に向かって金色の炎を吐き出すトワイライト。そうして焼き尽くされて、剥き出しになった井戸の底から現れたのは……小さいながらも、恒星と見まごうまでに美しい完全球体。それは時折、表面をジリリと焦がしながら……その身を削るように、穏やかな熱を発し続けていた。


【済まぬな。ワシの身から出たとは言え……こんな所に置き去りにしたままで。じゃが……もう、いいのじゃ。ようやく、ワシも新しい世界を照らす覚悟ができた。……そうじゃな。これからは……青空城ではなく、()()()と呼ばれてみるのも、いいかも知れんの】


 間違いなく、今が帰還の時。この世界を暖かく照らす太陽のように、新しい命を育む恒星になるのも悪くない。

 朧げになって、大切な事さえも磨耗している思い出の中でさえ。最後の散り際を思い起こしては……トワイライトが小さな太陽を抱えるようにして、ゆっくりと溶けていく。自分の心臓を3つ全て融着させ、自分の意思で銀河に還る時を見定めた、理想郷の主人。そんなとろけて黄昏色に輝く鱗が青空城全てを包み込むと……ゆっくり、ゆっくりと空を目指して銀河へと飛翔していく。

 きっとそのうち、自分の心臓を中心として群がっていた雷雲も霧散する事だろう。だけど……名実ともに、伝説の地に成り果てることになろうとも。地上の人々は大きな積乱雲を見つけては、青空城が飛んでいると……青空城(自分)を思い出してくれるに違いない。


***

 イノセントのご希望に沿う形で、意外とすんなり帰途に着けたこと幸いと……何かに必死な様子で、ラウールは店を開ける準備に勤しんでいた。そんな忙しそうな店主に看板犬が少しばかり、バツの悪そうな顔をしながら……おずおずと話しかける。


【ところで、ラウール】

「おや、どうしましたか? ジェームズ」

【……ジツはオマエがスネているアイダ、ラウールのオヤになるだろうライホウシャのハナシをキいたんだが。……シリたいか?】

「……俺の親になる来訪者? ……あぁ。そう言えば、そんな事も聞きましたね。何でも……俺は多分、来訪者の心臓を培養したものから()()されたとか、何とか」


 アッサリと軽い調子の返事を寄越しながらも、拗ねていて悪かったですね……と、口を窄めるラウール。そんな甥っ子の様子に、話をしても大丈夫そうかとジェームズが考えている矢先に、今度は先回りしたラウールが「No」の意思表示を示した。


【……ウム、どうしてダ? それはタブン……ラウールにとって、とてもジュウヨウなハナシ。シラなくて、いいのか?】

「えぇ、構いません。少なくとも……今知りたいことでも、知るべき内容でもないでしょうから。世の中には知らない方がいい事、忘れてしまった方がいい事も沢山あります。その秘密は……必要な時に教えてくれれば、結構です」


 何せ……これ以上気苦労を抱え込んだら、本当に化け物になってしまいます。

 戯け混じりでそんな返答をしながら、こうして籠っていたら退屈だとばかりに、掃除も早々に切り上げて。ジェームズに朝の散歩を提案するラウール。そのお誘いは久々に焼きたてのゴーフルが食べたいと、都合よく犬に戻ったジェームズにとっても……自分を程よく忘れられる楽しい日常だった。

【おまけ・アメトリンについて】

アメジストとシトリンが混ざり合い、見事なツートンカラーを持つアメトリン。

モース硬度は約7となっており、なかなかに硬い部類に入る宝石です。

その特徴はなんと言っても、絶妙な色合わせの見事なバイカラー。

紫と黄色という補色の組み合わせに、唯一無二の眩しさを放つ、希少石であります。


色味の違いは内包される鉄分の酸化状態の違いによるものですが……異なる酸化具合の鉄分が、どうして1つの石に含まれるのかは、未だ解明されていないのだとか。


そういう意味でも、天然物の黄昏色は神々しくて神秘的だと、勝手に感じてしまう作者なのであります。


【参考作品】

『天空の城ラピュタ』

『ラベンダードラゴン』


「雲の中の城」で、一発だったのではないかと。

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