アメトリンの理想郷(13)
気も遠くなるような時間……そうだな。多分、600年くらい?
そんな期間を、ぼんやりと青空と夜空を見つめ続けてきたけれど。結局、いつだって……自分の側に一緒にいてくれる相手は見つからなかった。久しぶりにやって来た客人達でさえも、遺跡の調査もしなければと、腰痛持ちのトワイライトを置き去りにして出かけて行ってしまった。誰か1人くらい、話し相手に残ってくれてもいいのに。どうして、揃いも揃って……全てが自分を置き去りにしようとするのだろう?
(いつからじゃろうな。ワシが……1人ぼっちになってしまったのは)
朧げになり始めている、か細い思い出を辿っても……自分がいつから1人になってしまったのかを、明確に思い出せない。それなのに、誰が発信源なのか分からない悲しみの気配を感じ取っては……人知れず、身震いする。
(そろそろ……アイタタタタ……! やっぱり、起き上がると腰に来るのぅ……!)
自分の体なのに、何かに抵抗するように痛み出す腰を摩りながら……それでも、歩き出さなければといよいよ体を起こす。そうして首を持ち上げた視線の先に、何やら鼻筋に険しいシワを寄せたイノセントが帰って来たのも、目に入る。彼女の明らかな怒気を感じ取っては……流石のトワイライトも、穏やかな瞳を困惑で曇らせた。
【……トワイライト。スコし、キきたいコトがあるのだが】
【どうした、イノセント。何を……そんなに怒っているのだ?】
【……ソナタ……ドウホウをクラったのか?】
【ふむ? ……どうして、そんな事を聞くのじゃ? そんな事、するはずなかろう?】
【……そうか。なら……イイ】
きっと、よくない勘違いしただけ。きっと、そう。
そんな事を考えながら、何故か膠着状態になり始める、イノセントとトワイライトを見比べて……とりあえず一緒に戻って来たラウールが、イノセントに当然の質問を投げ始める。そもそも……何が引っかかって、彼女は怒らなければならない程の確証を得たのだろう。
「イノセント。そう言えば……どうして、そんなにもトワイライトに詰め寄るのです。確かに、彼が地上へカケラ達を見送っていたのは嘘になるのかも知れませんが、カケラにも寿命はあります。寿命を全うして亡くなった方がいても、不自然じゃないでしょ? それでなくても、この青空城には住居らしい住居は見当たりませんでした。ですから、死因は餓死では……」
そこまで、自分で質問を投げながら……途中で何かに思い至ったらしい。言葉を不自然に途切れさせたラウールの様子に、イノセントは彼も気づいてしまったかと……疲れたように首を振った。
【……ワレラにはオモだったショクジはヒツヨウないが、オマエたちはそうじゃないだろう? ……ショクジをエラれないカケラがイノチをツナグには、カクイシにチカしいコウブツをトりコむヒツヨウがある。だけど、それでムジョウケンにエンメイできるのは、ダンセイのカケラだけ。ジョセイのカケラがそんなコトをすれば……ネツボウソウのヒきガネになりカねない。ナニせ……ここにいたカノジョタチは、オイつめられていたのだろうから。そんなフアンテイなジョウタイでコウブツをクラっても、イキナガらえるなんてできぬだろう】
そして……箱庭の住人は全員女性のカケラだった、とイノセントは続ける。かつてトワイライトが保護していたのは、愛玩用の宝石人形として取引されていたカケラ達だった。そこには、別用途で開発されていた男性のカケラは最初から含まれていない。
【リソウキョウ……ハコニワ。どちらもジッサイには、テンゴクにはホドトオい。……トワイライト。オマエは……カノジョタチがトモグイしているのをシっても、ミてミぬフリをしてキタのだろう? そして……サイゴにノコったコのネツボウソウをシズめようと、カノジョをクイコロしたのだな?】
【……】
女性の核石の寿命は、男性のそれよりも遥かに短い。それは筋肉量の差による硬度の違いとされてはいるが、実際にはそれ以外の要因も孕んでいた。例外も往々にしてあるため、一概には言えないが……女性の方が感受性が高い傾向があるため、それに比例して核石の侵食速度も早い傾向がある。
侵食が進み切った暁の反応は核石の種類にも左右されるが、基本的に彼女達が熱暴走に至った場合は巨人の姿に退化もせずに、そのまま超新星を起こす可能性が高い。例え、小さな核石が起こした超新星だったとしても。ちょっとした屋敷を吹き飛ばすくらいの威力にはなるだろう。
だから彼は……箱庭の平和に固執するあまりに、共食いを制した最後の彼女を仕方なしに取り込んでしまったのだ。彼女の矜持を守るよりも前に、自分の箱庭を守るために。
それはあまりに、独善的なよくない勘違い。キャロルが拾い上げたあの青い石は……そんな共食いの中で食べ残された、誰かの遺骸だったのだろう。
【……ワシは何も覚えとらんよ。何せ、年じゃからな。しかし……お前の怒りは確かに、ワシに向いておろう。そうなると、今まで通り話し相手にもなってくれなさそうじゃな。……そうか。とうとう……お前もワシを置き去りにするのか……】
【……そうだナ。ワタシがここにクるリユウも、もう……ないだろう】
粛々と話を進めては、互いにため息をつく2人の来訪者。片や純白の鱗で世界を分け隔てなく照らして。片や黄昏色の鱗であらゆる悲しみを吸い上げて。そうして、かつては神の使いとして神々しく降り立ったはずなのに。それなのに……神の使いの終着点が、噂通りの人喰い竜とは。その顛末の、何と醜く、無様なことか。
「あの、イノセントさん。いいのですか? ラウールさんが言っていた方法を使えば、きっとトワイライトさんも……」
【イヤ、いいのだ。アオゾラジョウはどこまでも、カクウのリソウキョウ。そのソンザイはデンセツのまま、ヒトシれずタダヨうホウがいい。そう……タガいに、キレイさっぱりワスレてしまうのが……イチバン、いい】
結局、トワイライトの心臓の状況も確認できぬまま……傷心を引きずって帰ろうと言い出したイノセントに、仕方なしに追従するが。調査結果も中途半端なら、撤退理由の後味も最悪だと……ただただ、やりきれない。
きっと彼は腰痛とボケを理由に、これからも忘れっぽい引き篭りの来訪者として、どこまでも続く空を漂い続けるのだろう。都合の悪い部分を忘れて。都合の悪い世界とも隔離されて。それはまるで、特別に誂えた監獄みたいだと……来た時からちっとも表情が変わらない青空を見上げては、彼の釈放も永遠にないのだろうと割り切るラウールだった。
……いつの間にか、300話を超えていました。
とは言え、まだまだ書きたい物語がありますので、もうちょっと続く見込みです。
相変わらず、山なし・谷なしなのですけれども。
それでも懲りずにお付き合い頂けると嬉しいです。
なお、ちょっとした補足ですが。
今回登場している「トーネード(モデルはF.3)」は実在の戦闘機をそのまま引っ張って来ています。
作者の薄っぺらい文章にある程度、現実味を持たせようと足掻いた結果、ご登場と相成りました。
それ以上の含みも他意もありませんです、ハイ。
ローファンタジーを騙るには、色々と粗と穴が目立ちますが……。
この辺りは作者の知識不足という名のご都合主義だと、割り切ってくださいませ。
何卒、よろしくお願いいたします。




