アメトリンの理想郷(12)
キャロルの掌で輝く、美しい青い石。しかし青の輝きを見た途端、イノセントの面差しが一気に険しくなった。どうやら、その青の濃度は彼女にとって、相当の由々しき事態になるらしい。
「……どうしましたか、イノセント。俺にはただ綺麗な石にしか見えませんが、そんなに渋い顔をしないといけない代物なのですか?」
【これはトワイライトのウロコではなく……タブン、コらのハヘンだろう】
「子ら……って、トワイライトが保護していたというカケラ達の事……?」
「だとすると……それがどうして、こんな所に落ちているのでしょう?」
カケラの破片がこんな所に落ちている……それはつまり、ここで最期を迎えた者がいたという事なのだろう。しかし、この地はかつて人間達に虐げられていたカケラ達の理想郷でもあったのだ。だとすれば、そこで命を散らす者がいても、不自然ではないはずだが……。
【ナルホド……トワイライトはそんなダイジなコトもワスれているのだな。オモえば……そもそも、カレがゲカイにコらをミオくりになどイけぬのだ。ナニせ……】
トワイライトが離れた瞬間から、この青空城は崩落するのだから。
イノセントがやれやれと首を振りながら、ため息をつく。そんな彼女の様子に……1つの事実をしっかりと悟るラウールご一行。確かに、この青空城が健在の時点で、イノセントとトワイライトの証言には明確な齟齬があった。
「あぁ……言われれば、そうですね。少しの間を離れることくらいは出来るのでしょうが……だとしても、この現状は確かに不自然です。少しだけ崩れた部分はあっても、根本的に倒壊している場所は今の今まで、見受けられませんでしたし……この青空城は浮き上がった当初からの姿を、しっかりと保持しているようにも思えます」
古代遺跡は多少風化しているとは言え、あんなにもアンバランスな様子の尖塔さえも、しっかりと生き残っていた。それはつまり、この地が空に浮き上がってからというもの、彼がこの地を一時たりとも離れなかった事を示している。そして、その結果……この青空城に縛り付けられていたのは、彼だけではなかった事さえも自明としていた。
【コレは……カレのシンゾウのアリカをカクニンするよりもサキに、トワイライトをトいツメねばならん。タブン、カレもそこまではしていないとオモイたいが……マンがイチがアリエぬとは、イイきれん】
「万が一……?」
【ドウルイのイノチをクラってエンメイデキるのは、ワレラもイッショだというコトだ。そもそも……ワレラはギンガにチカづけばチカづくホド、ソンザイがチヂむ。……ヤクメをオえてカエルには、ミガルなホウがイイからな。それなのに、テンクウでスごしているのにもカカわらず、トワイライトはイマダにワタシよりもオオきい。シンゾウを2つホジしているからだと、オモっていたが……このハヘンをミて、それだけではないキがしてきた】
腰痛で滅多に一人では出歩かないらしい、少しばかりボケ始めている老竜の理想郷。しかし、その理想郷は大地より独立してからというもの、何よりも退屈で平和しかない監獄へと変貌を遂げていた。そして、天空の地から大地へ脱獄するにも、城主の翼が必要となる。そんな彼女達さえを快く見送っていた……とイノセントもトワイライトのお人好しさ加減から、純朴に考えていたのだが。考えれば考える程、とにかく寂しがり屋の彼がそう易々と箱庭の住人を釈放するはずもないのだ。きっと、青空城は最初から……理想郷ではなく、ただの暗黒郷として、世界の空を漂っていたに過ぎなかったのだろう。




