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スペクトル急行の旅(2)

(どうして、こんな事になったんだろう……?)


 やや不貞腐れた顔をしながら、ラウールは仕方なしに目の前のビショップの駒を摘んで、盤面上を走らせる。どうやらその一手は、向かい側で難しい顔のままのムッシュにとって、非常に都合の悪いものだったらしい。時折、カタンカタンと小刻みに揺れるテーブルの上をいくら睨んでも、戦況が好転する事はなさそうだ。


「うむむ……ちょ、ちょっと待ってくれんかの。というか、久しぶりに遊んでくれると思ったら……なんじゃ、このえげつなさは。もう少し、老人を労ってくれんかの……」

「早朝から人攫いをやってのける悪人に、容赦は無用です。ほら、サッサとしてください。それでなくても、今の俺は非常に不機嫌なんですから。……これ以上、苛つかせないでくれませんかね」


 結局あの後、強引に押し込まれた馬車で着替えまでさせられたラウールのご機嫌の麗しさは、地の底も見えるのではないかという位のどん底でのたうち回っており……余程のことがない限り、眉間のシワも取れそうにない。そんな孫の顔色を窺いながら、仕方なしにムッシュが手駒のルークを滑らせるものの……その悪手に一瞥することもなく、今度は更にナイトを動かすと短く「チェック」と無慈悲に呟く、ラウール。


「あぅぅ! これは、まずい! 非常にまずいぞ!」

「……まずいのは、最初からでしょう。俺を怒らせるようなことをするから、いけないんです。大体、なんですかこの悪趣味な服装は。動きづらいったら、ありません」


 その言葉と同時にさも嫌気がさしたと、やたら裾の長いジャケットを脱ぎ捨てるラウール。しかし、それ1枚を剥いだところで、まるでコルセットのように身を覆うドレスシャツやジレの拘束力が弱まることもなく。場所が場所なので、仕方なしに不必要に着崩すのは諦めるものの……明らかに着慣れない上質さが殊の外、気に入らない。


「そうかの〜……いつも以上におめかしして貰おうと、上等のドスキンで特別に仕立てたんじゃぞ、それ。とっても似合っているし、サイズもバッチシじゃろ?」

「……だから余計、気味が悪いんですよ。どうして、爺様が俺のサイズをこうも把握しているんだか……」

「何を言っておるのだ。余は可愛いモーリスやラウールのことじゃったらなんでも知っとるぞ? ……あぁ、それで……どうしようかの、この状況は。……何か、いい手はないかの?」

「対戦相手に何を聞いているんですか。しばらく時間を差し上げますから、自分の頭でちゃんと考えて下さい。俺はその間、どうやってここから逃げ出そうか、考えますから」

「な! 逃げるじゃと⁉︎ また、どうして……何のために?」

「人の都合を無視しておいて、何を仰るのです。……全く、こんな風に何も言わずに出てきてしまったら、兄さんが余計な心配するではないですか。……それでなくても、常々、心配をかけていますし……」

「なーんじゃ、そんな事か。だったら、心配はいらんよ? ちゃんと伝令係と食事係は置いてきておる」

「伝令係と……食事係⁉︎ それって、まさか……!」

「その、()()()じゃ。今頃、店の中をヴィクトワールがご機嫌で掃除している頃じゃろう。さて……これで、どうじゃろ……?」

「……甘いですよ、爺様。俺がその程度で、動揺するとでもお思いで? ……はい、これでチェックメイトです」

「あ! ちょ、ちょっと待って! やり直し! やり直しは……ダメ?」

「そんな禁じ手が通用するとでも?」

「はぅぅ……仕方ないのぅ。流石にラウールは、余のご機嫌取りなんて、姑息な真似はしてこんか」


 目の前の盤面上は確かに自分の勝利だが、置かれている状況は敗者のそれでしかなく……ヴィクトワールの名前を聞いた瞬間に、間違いなく自分以上に過酷な状況に置かれる羽目になったモーリスを心配せずにはいられない。彼ら兄弟にとって、()()ともいうべき存在感に、戦慄を禁じ得ないが。豪華特急・スペクトル急行の最迎賓室に缶詰状態のラウールに、モーリスを助けに行く術もなく。結局、彼にできることと言えば……意図せず、最悪のカードを引く羽目になったモーリスの身を案じることだけだった。

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