彗星のアレキサンドライト(3)
結局、若い警部補を気に入ったらしいロヴァニアに幾度となく呼び出されては、モーリスは家宝の身辺警護も兼ねて屋敷に毎朝足を運ぶようになっていた。しかし、そんなモーリスには少々気がかりなことがあって……ロヴァニアが何よりも大事に思っていると公言して憚らない、1人娘・ルヴィア嬢の表情はいつも暗いままなのが、とにかく腑に落ちない。あからさまに沈んだ表情を見る度に、どこか胸が締め付けられるような痛みを覚えて、モーリスは課せられたオーダー以前に家宝よりも、彼女の方を気にかけるようになっていた。
(そう言えば、お嬢様は部屋の外にもあまり出てこないみたいだな……。あの日の朝食の時も、もの凄く落ち込んでいるように見えたし、ちょっと調べてみようかな)
警部補という立場にありながら、職務とは明らかに関係のない思惑を胸に、思い切ってルヴィアの部屋を訪ねてみる事にしたモーリス。警護の関係上、ロヴァニアには彼女にも気を配ってくれと言われている。これも職務の一環と立派な理由を提げて入室許可の返事を受け取ると、彼女の部屋に足を踏み入れた。
「こんにちは、ルヴィア様。……どうですか、身の回りで何か変わったことはありませんか?」
「ご機嫌よう、警部さん……。特に変わったことはありません。本当に……何もないわ」
「左様でしたか。あぁ、そうそう。僕はまだ、警部補なんです。だから警部と呼ばれてしまうと、ホルムズ警部に怒られてしまいます」
「そうなの? 何れにしても私にはどうでもいいことです。……とにかく放っておいてくれませんか」
「……失礼しました。異常はないとのことでしたし、僕はこれで失礼しますね。……と言っても、そのご様子ですと、この平常自体がルヴィア様にとってはお辛いようにも見えますが」
何かを見透かしたように、突如として鋭いことを言いだす若い警部補。そんな彼を見やれば、どことなく悪戯っぽい無邪気な微笑みを湛えており……その表情は、いつしか情けない警官だとグスタフが笑っていた相手のものとは、とても思えない。
「……あなた、何者ですの? 本当に警察の人……なのかしら?」
「えぇ、紛れもなく僕は警察官ですよ。ただ、ちょっとお嬢様が落ち込んでいるように見えたので、気になって来てみただけです。……僕で良ければ、話し相手になりましょうか? こんな風に毎日毎日、部屋に籠りっぱなしだったら、気分も落ち込むというものでしょう?」
「……話し相手、ですか。確かに誰かとお話しできれば、きっと気分も晴れるのでしょうけど……お気遣い、ありがとうございます。でも、大丈夫です。私はこの家のためにも、自由を望んではいけないのです。私には……大事なお役目があるのですから」
役目……か。悲しそうに吐き出された言葉の意味を反芻しながら、屋敷を後にするモーリス。今日も「異常なし」と報告書を出した後は……さて、どうしようかな。そんなことを思い倦ねながら、曇り空のままの彼女の心中を覗いてみたいと、好奇心を抑えられない。月の出には、ちょっと早いけれど。……今夜は少しくらい、自分の好奇心を満たしてみるのもいいかもしれない。