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アメトリンの理想郷(10)

【イノセント、オキテいるか?】

【アァ、オキテいるぞジェームズ。……ようやく、ワタシにハナシをするキになったカ】


 僅かに残された記憶の中にも、確かにこびり付いた罪の香り。互いにこの姿での対面は間違いなく、初めてだが……しかし、かつてはそれぞれ違う姿で毎日のように顔を合わせては、搾取する者とされる者とで、互いの立場を牽制しあっていたのだ。

 片や、材料の所有者として。

 片や、実験台から払い下げられた商品として。

 あまりに背徳的な関係は、できる事なら互いに忘れ去ってしまいたい。だが……そんな綺麗事でアッサリと納得できるほど、ジェームズもイノセントも未熟ではなかった。


【……オマエがあのジェームズ・グラニエラ・ブランローゼで、マチガイないのか?】

【うむ、マチガイない。ジェームズ、イノセントをリヨウしていたキゾク。……マチガイなく、イノセントのシッテいる、バカなジェームズ】

【……そうか】


 そこまで確かめると……周囲を探るように見渡して、このまま内緒話をしていいものかと、顔を上げるイノセント。どうやら、お仕事へのやる気を取り戻したらしい黒いいけ好かない奴(ラウール)も、本当は長時間の空旅で疲れていたのだろう。あれだけ深く傷ついて、拗ねていた彼も……少し離れた場所で、丸くなっているトワイライトに背を預けて、キャロルと一緒に毛布に包まって寝息を立てていた。穏やかな寝顔だけを見れば、悩み多き年相応の青年にも見えるが……彼の実情を聞きかじれば、その歩みは決して穏やかではなかったのだと想像できる。


【サテ……と。ココでカガイシャガワなのはオマエだけだ、ジェームズ。して……そのゲンジツを、ナンとする?】

【ショウジキなトコロ……どうすればイイのか、ジェームズにはワカラない。だけど……イロんなアイテにアヤマらなければいけないコトだけは、ワカッテいる】


 許してくれとも、助けてくれとも言うつもりもない。だけど、今はするべき事があるから……殺すのだけは少し、待って欲しい。

 ちっぽけな犬の姿になって、ようやく身の程を知ったらしいジェームズの懇願と理由に耳を傾けては……彼の()()()についても、言及するイノセント。

 今頃どうしているのかは、知る術もないが。ブランローゼ家はあの一件以来、後継者が行方不明になってしまったことから、断絶扱いとなっている事だけは分かっている。そして……後継者・グスタフは生死さえも、未だに不明な状態だ。


【ソウカ、ジェームズも……グスタフをサガシているのだな】

【グスタフがオカシなコトをしダしたのは、ジェームズのせい。だから、ヨウジがスんだら、ジェームズはコロしてくれてカマわない。だけど……グスタフだけは、タスケテやってくれないだろうカ】

【それはデキぬナ。タシかに、クルいダしたキッカケはチチオヤが()()()()()せいだろう。だけど……イッポウで、グスタフはミズカらのイシでワタシをリヨウしてもいた。……あいつのフハイはオマエがアヤまったテイドで、キヨめられるともオモえぬ】


 あまりに厳しい来訪者の言葉。汚れを清めるはずの純潔の彗星をして、そこまで言わせるとなれば……彼の廃退は既に軌道修正もできない、と言う事なのだろう。


【……どうしても、ダメだろうか?】

【ムリだな。ワタシはカテイよりもケッカをジュウシする。タシカに、グスタフもオマエのヒガイシャにスギぬのだろう。だけど、グスタフはサイゴにはヒガイシャでいるままではなく、カガイシャとしてのセンタクをしてしまった。そうそう……カレはこうもイっていたよ】


“私にはこの城の者を守る義務があります。その義務を……放棄はできませんから”


 そのためにはイノセントを利用する事も、彼女の身を削り出して作られた宝石人形達を売り捌く事も厭わないと。美しくも、既に人のものではない空虚な笑顔を貼り付けて……グスタフは確かにイノセントにそう、宣言した。そして、彼の宣言を一種の宣戦布告と受け取ったからこそ、()()()()()を買う形で、イノセントは銀河に還る事を1度は諦めたのだ。


【……そうか。グスタフは……そこまでバカになってしまったのだナ。ジェームズ、ホントウにバカなコトをした。そして……グスタフにもホントウにバカなコトをさせてしまった。ジェームズ……どうすればイイのかワからない……】

【そうだな。オヤコソロって、ホントウにバカなヤツラだ。……ニンゲンは、バカモノゾロいだ。そんなスガタになる(ニンゲンをスてる)まで、そんなコトにもキヅけないなんて】


 だが、私は馬鹿な人間ではない。イノセントは毅然と言い放ちながら、何かを決意したように……ジェームズに2つの提案を強要し始める。それは神の使いならではの慈悲であると同時に……何よりも残酷な課題であり、何よりも過酷な恩赦だった。


【……オマエがもし、グスタフをきちんと()()()()にモドせたのなら、ジェームズのイノチをトりアげるだけでスませよう。だが、グスタフがあのまま……カガイシャとしてイきツヅけるのなら、そのトキはオマエのキバでクいコロせ。そしてそのクビモロとも、ワタシにサしダすのだ。だから……ケッカがデルまでは、いつまでもマッテやろう。どうだ? ヤクソクできるカ?】

【……ワカッタ。ヤクソクしよう。サイゴまでバカなのは、ジェームズだけでスムように……ジェームズ、しっかりドリョクする】


 どちらに転んでも、自身の命は保証されない。それでも、彼女の提案さえも当然と受け取っては……ジェームズもしっかりとイノセントを見据えて答えを返す。そんなライムグリーンの瞳に確かな決意を感じ取りつつも、やや気に入らぬと鼻をクスンと鳴らしてもう眠ろうと、一方的に呟いてはグルリと丸くなるイノセント。そんな彼女の抱擁は……ジェームズを一時的に赦したと見せかけて、最期までもを掌握した拘束でもあった。

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