アメトリンの理想郷(8)
ビーフジャーキーとクラッカーをきちんともらって、腹が満たされると……いよいよ眠気が差してきた。襲いくる睡魔に抗いながら、ジェームズはイノセントとトワイライトの会話にも、ご不在のご主人様達に代わってしっかり耳を傾ける。どうやら、トワイライトの悲しみを感じ取る特殊能力は未だ健在らしい。彼はラウールの複雑さをしっかりと読み解くと……さも悲しそうに呟く。
【あの子も望まぬ形で生まれた被害者なのだな……可哀想に。しかもあの様子では、相当量の核石を埋め込まれているのではないか? 何があって、あの状態になったのかは分からぬが……なんて残酷な事じゃろう】
【ワタシもクワしくはシラぬが……ムッシュイワく、ラウールはオサナいコロから、てヒドいジッケンにマキコまれていたらしい。しかも、アレキサンドライトをカクにしているのにもカカワラズ、ありとあらゆるコウブツをトりコむチカラがあるそうだ。おそらく、あのコは……】
【そういう事か。融合の彗星……ハーモナイズが彼の親か】
きっとその存在は彼らの認識にあっても尚、異常な存在だったのだろう。トワイライトが腰を摩りながらも、いよいよやりきれないと呟けば。流石に眠気に支配されそうになっているジェームズとて、深追いしたくなるというもの。……ここは眠いなどと、言っている場合でもなさそうだ。
【……ハーモナイズ? それはどんなソンザイなんだ?】
【ハーモナイズは来訪者の中にあって、最も特殊な能力を持っていた、来訪者でな。そもそも、ワシらはそれぞれできる事が異なる。全てを1人で賄うことはできぬ故……当時、数多くの来訪者がこの地に舞い降りての。その中で、ワシは人間達に相手の痛みを理解する慈愛をもたらすために遣わされた、という訳だ。そして、イノセントは……】
【ワタシはこのセカイのニゴリをジョウカするために、このチにやってキタ。……ワレラにはそれぞれ、コトなるシメイとノウリョクがある。だが……そのドレ1つとして、ニンゲンたちにアクヨウされるべきモノはなかった】
そうしてポツポツと互いに言葉を紡ぎながらも……ハーモナイズの使命はかなり特殊だったと、2人の来訪者が口を揃える。彼らが説明するところによると、ハーモナイズはそもそも、人間達に何かを与えるためにやってきた存在ではなかったという。
【ワシらとて、意識も生命もある生き物である以上、死を迎える事もある。しかし、その死際は決して……穏やかなものではなくてな。本来は銀河という常闇の空間で、新しい命をばら撒く方策でもある故、この世界で散りゆくのは非常に不都合だった。何せ、ワシらのカケラは隕石とも呼ばれるものじゃから、宇宙から降り注ぐ分にはさして影響はないだろうが……その爆発を人間達が生きている側で発動させる訳にはいかん。だから、我らの死際を処理するための存在として、ハーモナイズはこの地に降り立ったのだ】
最も大きな体を持っていたという、深い紫色の巨竜。それがハーモナイズという来訪者であり、その体は他の来訪者の死際を抱擁し、後処理を全て取り込む力を有していた。そして……銀河に還ることが叶わないまま力尽きた彼らの存在さえをも内包し続けることで、いつか来る自身の帰還に際して、一緒に銀河に還るという使命を帯びていたと言う。
【……ソレはつまり、カノジョがギンガにカエルのが、モットもサイゴになるというコト。そして……ハーモナイズはトりコんだイノチのノウリョクもキュウシュウし、カワリのヤクメさえもハたしていた】
【オマエたちも、シヌことがあるのだな。ソレなのに、ニンゲンは……そんなコトもカンガエずに、エイエンをノゾんだのだか……】
【そうじゃな。じゃが……まさか、あのハーモナイズも捕らえられているとは、思いもせなんだ。さて……今はどこにいるのじゃろうのぅ。あれが捕らえられるとなると……人間達の文明はいよいよ、我らの手を完全に離れたことになるのじゃろうな……】
相変わらずアイタタタと、何かにつけて腰を気にするトワイライトを摩ってやりながら……イノセントもやりきれぬとばかりに、悲しげに目を伏せる。
来訪者の限りない力を我が物にするため。果てしない野望が悪辣な研究へと繋がり、今やその目的さえも枝分かれしては……収拾がつかなくなっている。その実情を三者三様で無言のうちに考えながらも、同類同士の思考回路が導く先は同じらしい。
この現状は手に余る。人間でさえも、カケラでさえも……そして来訪者の能力を持ってしても。
めいめいそんな諦念に辿り着くと……ほぼほぼ同じタイミングでため息を溢す、2人の竜神と1匹のドーベルマンなのであった。




