アメトリンの理想郷(6)
青い青い天空に手を伸ばすように聳える、城の尖塔。いつ崩れ落ちていてもおかしくない、妙なアンバランス加減を醸し出しつつも、ひっそりと何食わぬ顔で佇む古城に足を踏み入れれば。きっと、ありのままの状態で悠久の時を過ごしてきたのだろう。寂れた古城はどこもかしこも、くたびれて朽ちかけているというのに……柔らかな光を受け入れては、煌々とした輝きを保っている。足を踏み入れた当初は眩しすぎて直視できなかったが、よくよく見つめれば、床一面には美しい唐草模様のレリーフが敷き詰められていた。
そんな空虚なまでに荘厳な空間の最奥に鎮座するのは、イノセントよりも2回りも大きな黄昏色の碧竜。鱗は微かに紫、微かに金色。それでいて……遠目からは、どこか物憂げな空色にも似た輝きにも見える。
【……あぁ。イノセントか。久しぶりじゃな……】
【ヒサシいな、トワイライト。そうか、オマエはとうとう……ヒトリぼっちになってしまったのだナ】
イノセントが「子ら」と呼んでいた同居人がいない事を指摘すると、トワイライトがさも悲しそうにため息をつく。どうやら寂しがり屋らしい彼にとって……こんな伽藍堂の空間に1人きりではさぞ、辛いだろう。
【ミナはどこへイった……はグモンだな。きっと、ミオクったアトなのだろう?】
【そうだ。あの子達は自分達の理想を求めて、下界に帰って行った。ワシとて……分かっておったのだ。理想郷はどう足掻いても、空虚でしかあり得ぬ。変化や進歩のない日常など、退屈そのもの。この青空城は……どこまでもワシの独善的な箱庭でしかなかったのだ。しかし、このちっぽけな世界が存在するのは空の上。ワシがこの地を捨てたらば、すぐさま下界に落下するじゃろう。……来訪者の心臓は本体が近くにいなければ、空への求心力を失う。……じゃから、ワシはもう……この世界でこのまま空を見上げることしか、できぬのじゃ】
そうしていよいよ、頭を上げつつ……途端にアイタタタ、と腰を摩り始めるトワイライト。悲しげなセリフの割には間が抜けているような……と、ラウール一行が揃いも揃って考えていると、彼の穏やかな瞳がようやく気付くべき存在を捉えたらしい。少しばかり鼻先をヒクンと鳴らしながら、いよいよラウール達に向き直った。
【おや……ところで、そちらはどちら様かの? イノセントのお供にしては、随分と面妖な顔ぶれじゃな? それに……そう言えばお前、少し縮んだか?】
【……イッキにシツモンするな。イワれなくても、ジュンバンにセツメイしてやろうとオモッテいたのに】
腰痛持ちらしいトワイライトの側に寄って、自身もゆっくりと腰を摩ってやりながら、ポツリポツリとイノセントが自身に起こった事も含めて、呟き始める。話の内容はシリアスなのだが……目の前の光景がどこか間抜けに見えるのは、気のせいだろうか。
【ここにクルのは、200ネンブリだったかとオモウが……そのアイダにワタシはニンゲンタチにツカまり、ジッケンダイにされていてな。シンゾウをトりアげられて、このザマだ。このスガタをようやくタモっているものの、ギンガへカエるコトは、スデにカナわぬ】
【そうか……お前の方は下界でとても苦労したのだな。……縮小は心臓を失った故の、退化か】
彼らの話からするに、トワイライトが大きいのではなく、イノセントの方が縮んだ……という事になるらしい。そして、イノセントがあの庭で「銀河に帰る力を蓄えるために共存を選んだ」とラウールの言葉を否定してきたのには、心臓を失って力を削がれている、という意味が込められていたのだ。
【それで、このコらはオマエがかつてホゴしていたコらとオナじ、カケラとヨばれるソンザイで……クロいイケすかないほうが、ラウール。アカゲのカワイイほうが、キャロル。それで、イヌはジェームズ。トクに、ラウールはかなりのセイシツをノせられているらしくてな。ワタシとはベツのシンゾウからツクられた……カンゼンタイなのだろう】
「イノセント……今、なんて? 俺が来訪者の心臓から作られた、ですって?」
「いけ好かない黒い奴」呼ばわりされつつも……何気ない世間話にしか思えなかった話の中に、急遽自身の出自について言及されれば慌ててしまうのは、当然というもの。継父にさえ教えてもらえなかった自身の命のルーツについて、こんなところで明かされるのは完全に予定外だ。
【ナンダ、シラなかったのか。……ワタシがトラエられていたケンキュウキカンでは、ジェムのカンセイヒンは、ライホウシャのシンゾウをバイヨウしたものがツカわれるとキイテいたし……ムッシュもそれはシッテいるようだったが】
「……そう、でしょうね。えぇ。彼らはとっくに知っていたのでしょうよ。俺が本当はどんな存在か。そう、ですよね。……やはり夢は所詮、夢でしかない。俺の望みは、どこまでも現実離れしているということなのでしょう。しかし、だとすると俺は……本当に途方もない存在を踏み台にして生まれてきたみたいですね」
【それはベツに、オマエのせいではないだろう。……シラなかったとはイエ、スマヌな。まさか……】
「いいえ、いいのです。この年になってまだ、自分が人間じゃないことを理解できないほど、聞き分けがないわけではありません。ただ……少し突然だったので、驚いただけです。そう、ほんの少し……驚いただけです」
少し、驚いただけ。
そう強がってはみるものの。自分の組成が完全に人ならざるものである時点で、元に戻れないことは分かり切ったことだった。だけれども。その現実を容赦無く不意にぶつけられれば、心の方がどう頑張っても追いつかない。そして……そんな追いつかない心の穴を埋める方法を、ラウールは何1つ知らなかった。




