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アダマントが戦車でやってくる(9)

(やっぱり、お祝い事は何度あってもいいですわね。それにしても……私も新婚旅行を、経験してみたかったですわ……)


 程よく煽り、程よく絞り。そんな駆け引きを自身も楽しんで、大盛況のうちに終わったジャルティエール。無事に潤沢な資金を調達した花嫁の強引なご希望により……新婚さんは明日から早速、旅行に出かけるという。行き先は彼らの思い出の地でもある、ロンバルディア屈指の観光地・ヒースフォート。そんな古き良き古城の夢の跡を思い描いては、自身の半生にも思いを馳せるヴィクトワール。


 馬鹿と煙は高いところが好き。

 生来から血気盛んだったヴィクトワールが騎士に志願したのは他でもない、剣士としてバリバリ活躍して……「目立ちたかったから」。そして、当時蔓延していた女だてらに騎士だなんて、というステレオタイプの価値観を木っ端微塵に吹き飛ばしたかったからでもある。

 厳格な家に生まれついた彼女の両親は、当然のように娘の進路に反対したが……彼らの憂慮も振り切り、ヴィクトワール女史は騎士団入りしてからというもの、それはそれは必死に鍛錬に励んだ。幸いにも、彼女には類稀なる剣技の才もあったらしい。力こそ男性には及ばないものの、しなやかで柔軟性のある独特なスタイルを確立してからというもの、ロンバルディア史上初の女性騎士団長に命じられるのに、そう時間も掛からなかった。しかし……。


(あなた様との出会いが少しだけ、私の人生の歯車を狂わせたのですね。それでも、私は……)


 その恋を忘れることはできないのです。

 ……そっと瞳を伏せては、鋼鉄の右手に刻まれた文字を愛おしげに摩るヴィクトワール。人生で間違いなく、1度きりの恋愛。人生で疑いようもなく、1度だけの過ち。それでも……恋焦がれた相手に愛され、アンリエットを授かった瞬間はヴィクトワールにとって、最も幸福な出来事だった。だが、その娘を自身の不注意で失ったとあれば、悔恨は計り知れないものがある。


 当時のロンバルディアはとっくに終戦していたとは言え、旧・シェルドゥラの残党との小競り合いが絶えず、王城の増築や改築が盛んに進められていた。当時の城内の敷地には見張り台やら外壁やらの仮組みが、至る所に組まれており、出来る限り近づかないようにと子供だけではなく、大人にさえも注意を呼びかけていたのだ。

 しかし、幼い子供というのは好奇心も旺盛。行ってはダメだと言われれば言われる程、言いつけを無視するものらしい。ヴィクトワールに負けず劣らず、高い所が好きだったアンリエットは母親が目を離した隙に見櫓に登り、誇らしげに上から手を振っては、嬉しそうに遊んでいたのだ。毎回きつく言っても聞かず、危ないと脅しても平気だと生意気な返事を寄越す。どんな時も、彼女は頑なに高い所に登ることを止めなかったが……そんな事をしているうちに、最悪の事態はさも当然のように、突然やってきた。


(本当に……私が馬鹿だったのです。あれ程までに、常々あの子の行き先には注意しようと、肝に銘じていましたのに……)


 前夜に雨が降っていたことくらい、知っていたのに。

 娘が櫓に登るのが大好きなのも、よく分かっていたのに。

 それなのに……どうして、目を離してしまったのだろう。


 木製の仮組みに、夜通し降り続いた大雨。最悪の組み合わせが揃えば、櫓が倒壊する可能性が高いことは明らかだ。だからその日は櫓の周辺は立ち入り禁止と、改築作業さえも中止していたのに。しかし、そんな事を幼いアンリエットが理解するはずもなし。彼女は誰もいない事を却って幸いとばかりに、()()()()()()()に出向いて……倒壊事故に巻き込まれてしまったのだった。

 轟音と同時に悲鳴が上がる頃には、時、既に遅し。娘が倒壊に巻き込まれたらしいと知らされて、駆け付けたヴィクトワールの目の前で、娘を飲み込んだらしい櫓が無遠慮に次から次へと崩れては、まるで彼女の行手を阻むかのように堆く積み上がる。そんな状況に飛び込めば……疑うまでもなく、自分の身も危険だろう。

 それでも、娘が助かるのなら命だって差し出しても構わない。

 そうして彼女は自分の身さえも顧みずに、ギシギシと崩れつつある櫓のわずかな隙間に右腕を差し入れ……右腕さえも犠牲にしながら、ようやく探り当てたアンリエットの手を掴む。しかし、あまりの痛みと出血で薄れゆく意識の中で、彼女がようやく引き摺り出しのは……見るも無残に下半身を押しつぶされた、娘の亡骸だった。


 運ばれた病院のベッドの上で、茫然自失で過ごす日がどれくらい続いただろう。

 最愛の娘を最悪の結果で失って、ヴィクトワールは自身の生涯を閉じる事さえも、考えたが……それでも。自分の元を去ったと思っていた彼がある日、こっそりとやって来ては、彼女にある提案を持ちかけた。

 既に終わった恋、既に終わった関係。にも関わらず……冷酷だと思っていた()()()()()()()()()も、ヴィクトワールを哀れに思ったらしい。右腕がないと不便だろうと、彼女のために特殊な義手を制作して寄越しては……()()()()()()()()()を励まし、慰めたのだった。


(……もしかしたら、この右腕も実験の一環なのかもしれませんね……。でも、そんな事はどうでもいいのです。私はロンバルディア騎士団長。王宮の守護者として、この先も生きていかねばなりません)


 あなたが何を考えていようとも。あの日に貰った言葉と右腕に、生きる望みを見出せたのは事実なのだから。それに……義手には、素直じゃない彼らしいメッセージが、確かに刻まれてもいる。


“高い所が好きな君へ。馬鹿は死ななきゃ治らないと言うけれど。それでも、お互い馬鹿者同士……また、どこかでお会いしましょう”


 馬鹿者同士、どこかで会う時はいつも揉め事の最中ではないか。

 そんな事をやや恨めしげに考えては、ようやくフフ、と寂しく笑ってその場を後にする。そうして、彼女がしっかりと施錠を施した車庫には……今日も大活躍の戦車が、ひっそりとキャタピラを休めていた。

【おまけ・アダマントについて】

どちらかと言うと宝石ではなく、形容詞とも取れる言葉で「非常に硬い物」や「硬い鉱物」全般を指すことが多い言葉です。

敢えて宝石として扱うのならば、最も硬い鉱物でもあるダイヤモンドを示すこともありますが……もともとは神話世界の鉱物でもあるため、その意義は非常に広義でもあります。


尚、アダマントの語源はラテン語で「adamareアモル」、「情熱的に愛する」という意味があるそうです。

一部の説ではアダマントを引き合う性質から磁石と見る説もあるそうですが、愛と聞くとやっぱりダイヤモンドを思い浮かべるのは、妄想しすぎでしょうか。

何れにしても……愛は永遠、その結束も硬く。死が二人を分つまで……って熱量が保たれるのって、実際はどのくらいの期間なのでしょうね。

離婚率も高めの昨今において、アダマントのように硬ーい愛で、世の新婚さん達には末長く幸せになってほしいと願うばかりです。


【参考作品】

『馬鹿が戦車タンクでやって来る』


作者の年代がバレそうですね。いや、本当に。

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