アダマントが戦車でやってくる(8)
(どうしよう……今日は折角の結婚式なのに……)
お召替え中の主役のご登場が待たれるロンバルディア城の中庭で、孤軍奮闘状態のキャロル。相手を叩き落とすのに全力を注ぐ同伴者と、叩き落とされまいと食らいつく権力の亡者。そして……そんな彼女に、敵意剥き出しで睨み付けられている自分。人の目がある状況では、頼れるジェームズの助言も望めない。まさに……八方塞がり。
「あ、えっと……もぅ! ラウールさん! こんなところで、必要以上にくっつかないで下さい!」
「どうして? こうして公言しておかなければ、悪い虫がつくかもしれないでしょ? 今日の君はいつも以上に可愛いのだから」
いつもは歯が浮くようなことは、一言も言わないくせに。睦言は白昼堂々ではなく、2人きりの静かな時間にお願いしたい。
「そ、そうでしたの……! 私のラウール様を横取りするなんて……なんて、身の程知らずなのでしょう!」
「えっと……すみません。横取りも何も……初対面でそのような事を言われましても。というよりも、あの。皆さま、今日はモーリスさんの結婚式なのです……。折角のおめでたい席で、そういうのはナシにしましょう……」
「いや、そういう訳にはいかん! モーリス君は私の部下でもあるのだよ! その弟君に目を掛けるのも、上司の役目というもの! 弟君の理想を手助けするのは、当然ではないか! なぁ、そうだろう⁉︎」
上司の役目、履き違えていませんか。それ、どう足掻いても職権濫用という名の屁理屈です。
そんな事を、当のご本人様以外の誰もが考えているものの。貴族というのは、それなりに偉いものらしい。警視であるという以前に、家柄を振りかざしては周囲を絡めとり、あっという間にお見合い会場さえも整備してくるのだから、タチが悪い。
「こうなったら、何がなんでもヴィオレッタと……」
「警視、その辺にしませんか。結婚は本人達の希望は何よりも大事です。こんな所で王族相手に大騒ぎをしたら……つまみ出されますよ?」
「ホルムズ君、何を言っているのだね? 私はラウール君の事を思って……」
「いや、それ……弟君のためじゃなく、ご自分のためでしょう? こんなに嫌がられているのに、何を恥知らずな……全く。ほら、お前達も散った散った! 何をつまらない事をしている! そんなにも寄ってたかって、モーリスの結婚式を台無しにしたいのか⁉︎」
ブキャナン警視を嗜めようと、若干悪いらしい足を引きずってやってきたのは……ホルムズ警部。モーリスの実質的な上司でもあり、同時に取り巻き達の上司でもある。そんな彼の一声で、蜘蛛の子を散らしたように取り巻き達が解散していくのを見るに……どうやら、実際に現場を仕切っている警部の方が警視よりも人望があるらしい。
「お、おい! 話は終わって……」
「ほらほら、警視。皆も下らない茶番よりも、豪勢な食事に興味津々みたいです。さっきあっちのテーブルに旨い肉料理と酒が並んでいましたし、料理を楽しんだらどうです。それに、あちらにはあのヴィクトワール様だけではなく、ブランネル公もおいででしたよ。私なんか、挨拶もしっかり頂いて、名前まで覚えてもらいました」
「な、何っ⁉︎ ヴィクトワール様に……ブランネル大公だと⁉︎」
「お父様! これは、千載一遇のチャンスなのでは⁉︎」
「うむ! まずは、大公にご挨拶だ。行くぞ、ヴィオレッタ!」
さっきまでのお熱は何処へやら。権力に夢中の親娘を一瞬にして吸引するとは……流石、ロンバルディア随一の有名人。ネームバリューは燦然と輝く、ダイヤモンドのごとく。彼らの無駄な輝きは客寄せ以上に、悪い虫を誘い出しては、絡めとる効果も遺憾無く発揮していた。
「あなたがホルムズ警部でしたか。常々、兄がお世話になっております。初めまして、俺はラウール・ジェムトフィアと申します。それで、こちらはキャロル。正式な婚約はまだですが、兄さんと同じようにいつかは式を挙げたいですね。それと……フフフ、この子はジェームズ。うちの看板犬であり、番犬です」
「いやいや……モーリスには、私の方が頼りっぱなしでね。それはそうと……いつぞやの時は、薬をありがとうね。おかげで、おまんまの食いっぱぐれは防げたよ。そして、あぁ。この子がジェームズかぁ。お散歩中にシャーロットが迷惑をかけて、悪かったねぇ」
そんな世間話を織り交ぜつつ、自分の頭を撫でるホルムズ警部には尻尾を振って見せるジェームズ。ラウールとしては、普段はやや軽視していた相手ではあるが……こうして的確に助け舟を泳がせてもらえれば、モーリスが彼を頻りに頼りにしていたのが、ようやく分かる気がした。そうして、この場限りでは信頼に足る警部と握手を交わし、決して警視へは向けなかったはずの謝辞を述べる。
「いいえ、いいのです。兄さんもいつもホルムズ警部にお世話になりっぱなしだと、申していましたし。そんな恩人のお役に立てたのであれば、何よりです。それに……非常識な上司を嗜められる常識人がいることに、安心しました。兄さんはアレで、結構な苦労人でしてね。必要以上に根を詰めるタイプなので……その辺りも、よしなに願います」
「ハハハ……コルソからも聞いてはいたけど、弟君の方は本当にサバサバしているのだねぇ。ここまで正直に言われてしまうと、却って面目ない」
意外な場所からの助っ人のおかげで、平静を取り戻したところで……ようやく、主役の兄夫婦が睦まじい様子でやってくる。純白のモーニングコートに身を包んでやや緊張した面持ちのモーリスに、華やかな白いレースをふんだんに使った純白のウェディングドレス姿のソーニャ。その無駄に長い丈のドレスに……ソーニャのジャルティエールへの本気度が垣間見られて、やや複雑な気分にさせられるラウール。これは……本当にガッツリご祝儀をいただくつもりなのだろう。
「あぁ……ソーニャさん、綺麗ですね……!」
「花嫁ともなれば、輝いて見えますね。美しい羽根は美しい鳥をつくる……とはよく言ったものです」
「ラウールさん! もぅ……さっきから、どうしてそんなに失礼なのですか! いい加減にしなさい!」
「おっと! それはそれは……失礼しました」
彼らのやりとりをさも愉快そうに笑い飛ばしたところで、ホルムズ警部も酒恋しさにその場を離れていく。
そうして程よく酒が入り始めたパーティもたけなわ……いよいよ、一大イベントのお時間らしい。祝砲をあげた後の戦車が恭しく会場に入ってきたかと思うと、何故か示し合わせたように、砲台に絶妙なバランスで直立するソーニャ。そんな彼女の横に朝礼台まで用意してマイクを握るのは、新郎の母親代理・ヴィクトワール。世にも奇妙な、戦車に乗った花嫁のガーターを巡って……会場総当たりのジャルティエールの火蓋が切って落とされた。
「はい! 皆様、ご注目遊ばせ! 今からこのヴィクトワール・プレゼンツ! ジャルティエールを実施しますわ! この見目麗しい花嫁のガーターを手中に収めるラッキーボーイは誰かしら? さぁさぁさぁ! 魅惑のガーターを目指して、皆様奮ってご参加くださいませ!」
「えぇッ⁉︎ 僕はジャルティエールのこと、聞いてないよ⁉︎ えっと……ダメ! そんなの、ダメ! みんなの前でスカートを捲るなんて、絶対にダメッ‼︎」
「もぅ……あなたは本当にウブなのですから。フフフ……大丈夫ですわ。心配しなくても、旅費はしっかり稼いで見せます!」
「心配してるのは、そこじゃない!」
あぁ、やっぱり。モーリスは何も聞いていなかったんだ。
可哀想なほどに慌てふためく、兄にご祝儀を寄せようと……珍しく気を利かせて、キャロルにある程度の金額を手渡すラウール。ここは彼女を頼るのが、ベストだろう。
「と、いうことで。キャロルは兄さんに加勢してあげてください。……俺が手を挙げると、スカートを捲り上げることになりますから」
「そうですね。きっとソーニャさんも、喜びます」
そんな彼の配慮を手に、白熱の競りに参戦するキャロル。そうして参加費を持たせた彼女の奮闘を見守りつつ、その熱気を他所に異常な光景を見つめては……ため息をつく。
まさか戦車で引越しした挙句に、戦車をお立ち台にするなんて。こんなに珍しい特別舞台で大盛況とあっては……明日からの静けさが、いたずらに増すばかりではないか。
【ちょっとした補足、及び世界の設定について】
なんだか、今更ですけれど。
一応、ローファンタジーということで、現実世界にかなり近い舞台設定を意識しています。
世界観としては、フランスとイギリスを足して4で割ったところに、イタリアにドイツとオーストリア、その上で気まぐれに色んな国をブレンドした、作者の都合全開の世界が舞台です。
ですので、伝統行事や食事風景などになんとなーく、それっぽい空気を醸し出しています(つもり)。
さて。今回はそんな架空世界で行われていた「ジャルティエール」について、補足をば。
主にフランスでの結婚式で行われる伝統行事で、所謂ガータートス(ブーケトスの男性版)の一種です。
フランスではご祝儀の他に、花嫁が体を張ってハネムーン費用をゲットするイベントがジャルティエールでして。
本来は新郎の母親が進行役となり、花嫁のガーターを「競り」にかけます。
金額の提示者が男性ならスカートの裾を上げ、金額の提示者が女性ならスカートの裾を下げ……というように、ガーターを見せる、見せないの攻防を会場の男女対抗戦で行うのですが……まぁ、これが大いに盛り上がるみたいですね。
尚、ガーターを無事ゲットした男性は戦利品を口で受け取る、というルールがありまして。
……シャイボーイな花婿には少々、刺激が強い気がします。




