アダマントが戦車でやってくる(7)
結婚式当日。親戚でもなければ、ガーデンパーティにだけ参列すれば事足りるのであろうが、今回は実兄の結婚式だ。それを端折るのは流石に薄情だと、なすがままで流れに身を任せるラウール。そうして役所での宣誓式と教会での結婚式を無事済ませて、馬車で連れ去られてやってきたのは……何故か、ロンバルディア城の中庭だった。
どうやら兄夫婦の結婚パーティの会場は庭は庭でも、恐れ多くも国王様のお膝元で決行されることになったらしい。そんなあまりに非常識かつ、非現実的な目の前の光景に、ラウールの頭痛はピークを既に迎えつつある。しかも……。
「……ヴィクトワール様。どうして、結婚式にまで戦車を持ち出すのです……」
「あら? 今日はこのタンクちゃんで祝砲をあげる予定ですのよ? それに……」
「それに?」
「ソーニャのジャルティエールは、この上で行います!」
「はい⁉︎」
ちょっと待て。祝砲はまだ百歩譲って、許してもいい。確かに無駄に広大過ぎるこの庭であれば、戦車での祝砲もまぁ、許容範囲だろう。しかし……あのご祝儀集めのイベントを、わざわざ戦車の上でする意味はあるのかが、どうしてもラウールには理解できない。そもそも……。
「……ジャルティエール、する必要あります? シャイボーイの兄さんが、了承しているとは思えないのですけど……」
「モーリス様にはご了承はいただいていませんが……フフフ。ソーニャは乗り気に乗り気ですわ。ガッポリガッツリ、ヴォワヤージュ・ド・ノス費用をゲットするのだと、張り切っていましたよ」
「そう、ですか……」
「ウフフ。それでは、私はこの辺りで皆様にご挨拶をして参りますわ。何せ……今日の私は母親代理ですもの! モーリス様の母親として、ここは大いに盛り上げませんと!」
「……いつから、ヴィクトワール様は俺達の母親になったのです……」
上機嫌で意気揚々とその場を離れていく母親(代理)の背中を見送りつつも、色々と先が思いやられると頭を悩ませるラウール 。いかにもソーニャらしい選択と、ヴィクトワールの相変わらずの暴走具合に……兄の頭痛も心配しなければならないではないか。そんな事を頭の隅で疼かせながら、眉間にシワを寄せている彼の様子を機敏に読み取って、隣からキャロルが心配そうに声をかける。
「……ラウールさん、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。それよりも……あぁ、いたいた。やっぱりお出ましになっていますね……」
「……あの方が例のブキャナン警視に、ヴィオレッタ様……ですか?」
【フゥ〜ン……アレがセイジカにムいているらしい、なんちゃってケイシか】
なんちゃって警視。ジェームズがヒソヒソと小声で蔑んでいると、いよいよこちらに気付いたらしいブキャナン親娘が大勢の取り巻きを引き連れてやってくる。取り巻き達はきっと……警視のパフォーマンスで集められたが半分、コネクション目的が半分、と言ったところか。
「いや〜! 久しぶりだね、ラウール君」
「……お久しぶりです」
「ご機嫌麗しゅう、ラウール様。そうそう……この間のプレゼント、気に入って頂けました? お誕生日なのでしたら、呼んでくださればよかったのに」
「お気遣いはいただかなくて結構ですし、俺にはあなた達とそこまで懇意にしていた記憶はございません。それに……お人形はジェームズが気に入った様子でしたので、あげてしまいました」
「ジェームズ……様?」
「えぇ、ジェームズ。うちの自慢の番犬でしてね」
ラウールがさも意地悪く、親指で足元の番犬を示せば。蝶ネクタイでおめかしした漆黒のドーベルマンが、利発な様子で「ワン!」と誇らしげに返事をする。そんな彼をあぁ、なんてお利口なんでしょう……と、ラウールも上機嫌で褒めるが。嬉しそうな彼らのやりとりとは裏腹に……ワナワナと震えては、金切り声を上げ始めるヴィオレッタ。どうやら身代わりの人形は、彼の愛犬の玩具という末路を迎えたらしい。
「な、なんて酷い……! 第一、あのお人形は……」
「えぇ、非常に趣味のよろしいお手紙から、意図は存じていますよ。しかし……ヒースフォートでも申し上げました通り、俺はあなた達とは関わりたくありません。こんなところで油を売っていないで、もっと実用的な相手を探したら、どうです? 折角の結婚パーティという名のコネクション作りにやってきたのですから、他を当ったら如何でしょう。こんなにも旨味のある相手が揃っているのです。何も、俺に狙いを定めなくてもいいではないですか」
「ラウールさん! その言い方は、ちょっとあんまりです! 失礼にも程があるでしょ?」
「おや……そうかな? 旨味のないコネクションは、バッサリと切り捨てるに限ります」
悪びれることもなく平然と言い放つラウールを尻目に、この場をどう取り繕えばいいのか、キャロルは必死に考える。もちろん、嫌がる相手に無理やりくっつこうとしているのが良くないのは、承知している。しかし、相手は悪いことにモーリスの上司なのだ。ここで必要以上に不興を買えば、ラウールが困らなくても、モーリスが困る。
(えぇと……。この場合は、ラウールさんのご機嫌はとりあえず後で直すとして……ヴィオレッタ様をご納得させればいいのかしら? でも……)
しかし、真剣に考えているキャロルに無駄な対抗心を燃やしたらしいヴィオレッタが噛みつき始める。ラウールの隣にいるばかりか、さも当然のように彼を嗜めるキャロルの存在が、それはそれは気に入らないらしい。
「……ところで、そちらのお子様は誰かしら? ラウール様のご親戚?」
「へぇっ?」
「ふぅ〜ん。なかなかに可愛いお顔をしていらっしゃいますが……貴族でもなさそうですわね? だとすると、このお城の女中か何かかしら?」
そう言えば、自己紹介……まだだったっけ。突然食ってかかるように、挑みかかられてみたものの。自分はあくまで招待客であって、女中ではない。とは言え……ラウールとの関係性を正直に答えたら、余計ヴィオレッタを傷つけそうな気がする。これは……とりあえず、女中で通した方がいいのだろうか?
「あぁ。彼女の紹介、まだでしたね。とは言え、俺としてはあなた達にご紹介する必要もないと、思っていたのですけど」
「あら、そうでしたの? でしたら、やっぱり……」
「彼女はキャロルと申しまして。俺の婚約者ですけど?」
「はっ……?」
しかし、キャロルが悩んでいる間に……ここぞとばかりに、状況を悪化させてくるラウール。堂々と恋人ではなく婚約者とまで嘯き、その場の空気を一瞬にして凍りつかせた。
(もぅ……! 本当にラウールさんは空気を読むのが、下手なんだから……!)
これ見よがしにいよいよ、キャロルの腰を抱いては……得意げに美しい笑顔を綻ばせるラウールだったが。そんな彼の口元の歪みを見上げて、キャロルはこの場の空気をどうやって温めようかと、やっぱり必死に考えていた。




