アダマントが戦車でやってくる(5)
どうすればいい? どうすれば……いいのでしょう?
恋をしたことはあっても、駆け引きというものを経験してこなかったラウールにとって、これは間違いなく未体験の窮地である。それもそのはず、ラウールはそもそも恋というものを、根本的に理解していない。誰かを好きになったことはあっても、自身の作りのせいにして諦めては……相手を物陰から見つめる程度。側から見たら間違いなく不審者でしかない挙動も、とりあえず外見の恩恵でお目溢ししてもらっていただけに過ぎない。しかも、大抵は追われる側だった彼にとって……相手の機嫌を伺いながら、距離を詰めるなどという高度な芸当が突然できるはずもなし。
【ラウール、ダイジョウブか?】
「ジェ、ジェームズ……! あぁ……! わざわざ、戻ってきてくれたのですか?」
日中も寝ていたので、まだ眠くない……と、言い訳をしながらも。甥っ子が心配らしいジェームズが、こっそりキャロルの部屋から抜け出してくる。そんな悶々と悩んでは、眠れないらしい甥っ子の困憊具合に……彼の重症度を即座に見抜いては、側にお利口な様子でお座りする。
【……キャロル、オコってたぞ。ラウールにはそのリユウ、ワカルか?】
「ドレスを褒めなかったから、ですよね……」
【タブン、ソレはチガウとオモウぞ】
「えっ?」
やっぱり、分かっていなかったか。ある意味で予想通りの反応に、やれやれとジェームズが首を振る。そんなんだから、キャロルはきちんとお返事をくれないのだろうに。
【ラウールがジブンのコトしか、カンガえていないから。ラウールがキャロルをホメるトキは、ジブンにツゴウがイイトキだけだろう?】
「自分に都合のいい時……?」
【ソウ。ジブンのオモイドオリだったトキはラウール、キャロルをホメる。だけど、キョウみたいにジブンのオモイドオリじゃないトキはラウール、すぐスネる。だから、キャロルオコってる。ラウール、メンドウクサい。ラウール、ジブンカッテ。それじゃ、キャロルがアイソをツかすの、アタリマエ。このままだとホントウに……ホカのヤツにキャロルをトられるぞ】
何せキャロルは可愛いから……なんて、ジェームズが鼻先をスンスンしながら、意地悪く呟けば。それは一大事とばかりに、途端に慌てふためくラウール。
いや、確かにキャロルは可愛い。初めて出会った頃は子供だとばかり思っていたが、その時から彼女が「お人形さんみたい」と持て囃されていたのは、ラウールとて把握はしている。そう、キャロルは最初からとても可愛かった。
しかし、そんな彼女も今では新しい核石を2つも取り込んで、美しいレディに急成長しており……子供っぽい雰囲気は、だんだんと霞み始めている。それでも、ラウールは未だにキャロルを子供扱いしてしまっている部分があり、それは一重に自分側が優位でありたいという、煩慮によるものだった。
不安や苦悩は核石の侵食を助長する。故に、彼は周囲を無理やり貶めることで、インスタントな優位性に酔ってきたのだが……世間一般では、それをエゴイズムと言うのである。
【……アシタからもうスコし、アイテのキモチをカンガえろ。……ダイジョウブ、キャロルはヤサしい。このテイドなら、イマからちゃんとガンバれば、ワカってくれる】
「本当に……?」
【ホントウ。ジェームズ、ホショウする】
その自信の根拠は何なのだろう? しかし、ラウールが訝しく思うのも馬鹿馬鹿しいくらいに……ジェームズが背筋をピンと整えては、誇らしげに胸を張っている。そんな頼もしい愛犬の姿に、ラウールはようやく少しだけ気持ちが上向くのを感じていた。
そう……すぐに変わる必要はない。自分なりに、少しずつ歩み寄れればそれでいい。そんな事を、自分もどこかの誰かさんに偉そうに語っていたではないか。だとすれば……当人が助言した事を体現できないのは、どこまでも不格好でしかない。




