アダマントが戦車でやってくる(4)
鋼鉄の騎士団長が、戦車で兄夫婦を拐って行った後のアンティークショップ。あれ程までに散らかり放題だった2階の片付けも、気がつけば完了しており……悪目立ちもいいところの鉄の城を唸らせて、嵐が去った後にはいつもの静けさが戻ってくる。そうして、とっぷりと日が暮れる頃にやって来た、恋焦がれていたはずの静けさは……どこか、必要以上に寂しい。
「本当に引っ越して行っちゃいましたね。……しかも、戦車で」
「えぇ。ここまでくると、非常識加減も一種の記念だと思いたいのですが……残念な事に、明後日はその本番なのですよねぇ。あぁ……今から、億劫だな……」
自身に充てがわれた、妙に光沢のあるグレーのスーツも気に入らないが。何より、あのテンションの渦中に放り込まれるのは、ご勘弁願いたい。その上……どうしても気に食わない懸念ができてしまったとあっては、今から不機嫌を募らせるしかないと、ここぞとばかりに余計なクダを巻き始めるラウール。
「……ところで、キャロル」
「はい。どうしましたか、ラウールさん」
「あのドレスの趣味は一体全体、何ですか? 結婚式に参列するのに、あんなに背中が開いている必要があるのですか?」
「へっ?」
どうやら彼としては自分のスーツ以上に、キャロルのドレスの趣味がとにかく気に入らないらしい。肌をそんなに晒してどうするのだ、とか……色が鮮やかすぎて目立つではないか、とか……グダグダと文句を垂らしては、今日の不機嫌を洗いざらい吐き出すかのように、チクチクとグズりにグズる。
それは間違いなく、嫉妬心と猜疑心の副産物でしかないが。キャロルにしてみれば、どうしてそこまで否定されるのかが分からない。そうして……思わず唖然とする事しかできない彼女を慰める意味でも、不機嫌も絶頂の甥っ子をジェームズがタンカラーを顰めては、茶化す。
【ラウールはシンパイなんだな?】
「何がですか、ジェームズ」
【ジェームズはキャロルのドレススガタ、カワイイとオモウ。だけど、ラウールそれがカエッてシンパイ。キャロル、カワイイ。ホカのダレかにトラれるの、シンパイ。ラウール、だからスナオにキャロルをホメられない】
「うぐっ……そ、そんな事ありませんよ? 心配しているだとか、素直に褒められないだとか……別に、そんな訳では……」
言葉を窄めながら、今度はラウールがあからさまに恥ずかしそうに俯く。その様子に……ジェームズの指摘はまさに図星なのだと、悟る1人と1匹。いくらキャロルを恋人だと吹聴してみても、肝心の彼女の本音を未だに聞けない事は間違いなく、現在のラウール最大の悩みのタネである。不安のタネが芽吹き始めている理由は、まさにジェームズが指摘した通りで……ラウールは彼女が他の誰かに取られやしないか、擦り減るほどに気を揉んでいるのだ。
(以前は逆の立場だった気がするけれど……)
キャロルにしてみれば、そんな風に気を揉んではカウンターで鬱々と彼の帰りを待っていた頃が懐かしい。なので、彼女には当然ながら心配する側の憂鬱も理解できるものの……いつかに決意した荒治療の意地悪は続行中なのだと、強か思い直す。いくら常々お人好しのキャロルとて、捻くれたままのラウールをありのまま受け入れるつもりはまだ、ない。
「もぅ……。ラウールさんは本当に、面倒なのですから……」
「め、面倒? ……俺が、ですか?」
「はい。とっても面倒臭いです、ラウールさん。その程度の事で毎回拗ねられたら、こちらは疲れてしまうでしょ? ……それでなくても、これからはモーリスさんもソーニャさんもいないのです。そんな状況でいつまでもグズグズしているラウールさんの相手をするのは、本当に疲れてしまいます」
「えっと……あの。ここは慰めてくれる場面なのでは?」
そんな事、知りません。ドレスを褒めてくれなかった恨みもしっかりと乗せ、冷たくそんな事を言い放っては……ジェームズを連れて、いそいそと自室に引き上げていくキャロル。片や、取り残されたラウールを憐むような瞳でジェームズが見つめるものの。彼もキャロルの意見に全面同意なのか、こちらはこちらで、慰めてくれる気もないらしい。そんな彼女達の背中を見つめながら、自分は要らぬ所で負債を増やした事をしかと悟るラウール。これは……もしかして……。
(嫌われてしまいましたか? どうしよう! どうすればいいのでしょうか……)
兄さん……! と、心の中で叫んでみても。当のモーリスは幸せ絶頂の残り香を残すのみで、既にここにはいない。ポツンと残されて、必要以上に寂れ始めた空気を噛みしめては……その余韻さえ、ブラックコーヒーよりも苦々しく感じられるのだった。




