アダマントが戦車でやってくる(3)
(結局、荷物持ちではないですか……これは)
中央街から伸びる表通りを嬉しそうに歩く騎士団長と相棒の様子に、ジリジリと不愉快を募らせては、大人しく彼女達の背後で歯噛みするラウール。本当はキャロルとお喋りして、兄夫婦に充てられた余熱を冷ましてもらおうと思っていたのに。飛んだ邪魔が入ったものだ。
【……ラウール、ダイジョウブか? スコし、ジェームズのセナカにノせて、イイぞ?】
「あぁ……! ここで俺を慰めてくれるのは、ジェームズだけです! ……とは言え、大丈夫ですよ。別に荷物が重いわけではありませんから」
そう、問題なのは荷物の重さではない。あくまで除け者にされているという、この空気感だ。それでも、久しぶりに楽しくお買い物ができると、喜んでいるヴィクトワールの余興に水を差す必要もないかと……ちょっとした事情を鑑みては、ホゥとため息をつく。
(多分……ご息女を思い出しているのでしょう。……仕方ありませんね)
テオの乳母でもあったヴィクトワールは、かつては子持ちのシングルマザーだった。彼女の娘……アンリエットの父親が誰なのかは知らないが、それでも乳姉弟としてアンリエットはテオともそれはそれは、仲が良かったらしい。その辺りの事情は興味もなかったため、ラウールは詳しく知らないが。アンリエットは事故に巻き込まれて、若い命を散らした事くらいは、なんとなく聞かされた事があった。その上……。
(確か……その事故で、ヴィクトワール様は右腕も失ったのでしたっけ)
鋼鉄の騎士団長。無骨な2つ名は何も、戦車並みの暴走具合からついた敬称ではない。事故の後から文字通り、彼女は鋼鉄の右腕を持つ女騎士として、ロンバルディア王宮に君臨してきたのだ。元から剣技に優れていたと聞き及んではいたが、右腕が馴染んでからは敵なしとまで言われる程である。
「……ールさん? ラウールさん!」
「え? ……あぁ。どうしましたか、キャロル」
「なんだか、ボーッとして……大丈夫ですか? やっぱり……荷物、重いですか?」
「この位は平気ですよ? まぁ、役回りはかなり不服ですけど」
物思いに耽っていると、ようやく自分を気にかけてくれるらしいキャロルに安心してしまうが……。先ほどまでは、彼女にさえ蔑ろにされている気がして……ラウールは正直なところ、盛大に拗ねていた。そうして自分が拗ねていた事を思い出しては、ちょっと気乗りしないと、取ってつけたようにプイとそっぽを向いてみる。
(そうです、俺は怒っているのです……! ちょっとやそっとじゃ、許しませんからね……!)
「……ラウールさん、拗ねてます?」
「べ、別に拗ねていません」
「それじゃぁ、怒ってます?」
「……ちょっと、怒っています」
「そう……。でしたら、休憩はいかがですか? そろそろ、カフェインが切れる頃でしょう?」
どうして、こうも彼女は自分の状態を鋭く見抜いてくるのだろう。魅惑のコーヒーという名の精神安定剤をぶら下げられたら、ご機嫌を直すしかないではないか。ここで更にむくれて見せても、ただコーヒーがお預けになるだけである。それに、さっきまで自分を慰めてくれていたジェームズも、ヴィクトワールの後に続いては……ゴーフルの釣り餌に尻尾をフリフリ、愛想を振りまいていた。……全く。犬は本当に、素直で単純なのだから。




