アダマントが戦車でやってくる(2)
「……どうして、ヴィクトワール様がこんなところにいるのです」
「あら、お久しぶりですわね。お元気でしたか? ラウール様は……あぁ、あぁ。相変わらず、無愛想でいらっしゃるのですね。そんな調子では、もぅ。このヴィクトワール、心配で仕方ないではありませんか」
兄夫婦の暴走に見切りを付け、1階に逃げ込んでみたものの……ここにも、普段から暴走気味の珍客の姿が1つ。そんな元凶の持ち主のご登場にいよいよ、ラウールの不興もノンストップの状態だ。
「あなた様にご心配いただくことは、何もございません。それよりも、何のご用ですか? あの戦車と一緒に騎士団長自ら、営業妨害にお見えになったということでしょうか?」
持ち前の嫌味と無愛想を最大限に発揮して、ラウールが不機嫌を撒き散らし始めるが。そんな店主に、やれやれとため息をつきながら、カウンター越しにキャロルが彼を嗜める。
「もぅ……ラウールさん、そんな言い方はないでしょう? ヴィクトワール様がわざわざ来てくださったのに……」
「ゔ……だって、戦車ですよ、戦車! あんな物騒極まりないものがどうして、ウチの前に停まっているのです! しかも……あぁ、あぁ……ほら! 野次馬が集まってきているではないですか!」
普段は静かな路地裏に似つかわしくない、無骨な鉄の城。それは小型ながらも持ち主の剛鉄に相応しく、堅牢かつ異様な威圧感を振りまき続ける。そんな物騒なものがあったら商売上がったりだと、ラウールのお怒りはご尤ものはずなのだが。店が丸ごと祝賀ムードに包まれているせいか……ラウールの方が空気を読めない残念な人扱いになっているのが、居た堪れない。
「まぁまぁ……でしたら、今日はお店を閉めてしまいなさいな。どうです? 今日は、このヴィクトワールめのお買い物にお付き合いくださいません?」
「……何が楽しくて、ヴィクトワール様のお買い物に付き合わなければいけないのです。ご用命が荷物持ちだったら、御免ですからね」
「全く。その過剰な警戒心、どうにかなりませんの? お買い物の趣旨は、結婚式用の衣装の調達ですわ。ほら、ラウール様も参列されるのでしょ? あなたの分も新調して差し上げますから、こんな時くらい保護者ヅラさせてくださっても、よろしいでしょ?」
「礼服なら、足りて……」
「ま、まさか! あの真っ黒なお洋服で参列されるおつもりなのかしらッ⁉︎ まぁまぁまぁまぁ! 子猫ちゃんはいつもながらに、お祝い事とお悔やみ事の区別が付かないのですね……!」
黒スーツは最強だと思う。ラウールとしては、ネクタイや装飾品等で区別すればいいと漠然と考えていたが……どうも、王宮の騎士団長様にしてみれば、味気ないにも程がある、ということらしい。その上で、キャロルとジェームズにもお誘いをかけては懐柔し始めるのだから、意地悪なこと、この上ない。
「ほらほらッ! これからお買い物にレッツゴーなのです! どうせ、普段からまともにお客様なんていないのでしょうから、観念しておしまいなさい!」
「……それ、保護者の言い草じゃないですよね? どこに仕事を放り出していいなどと言う、親がいるのです」
「細かい事はこの際、どうでもいいのです! キャロル様もご一緒にいかが? それで……フフフ、ジェームズ様も蝶ネクタイを新調しましょうね」
「い、いいのですか?」
「もちろん! 女の子と一緒にお買い物なんて、久しぶりで心が躍りますわ。ご遠慮は無用です!」
【……ジェームズはネクタイよりも、ゴーフルがイイ】
でしたら、カフェにも寄りましょうね……なんて一致団結されては、彼女の爆進を阻止するのは不可能だ。相変わらずの強引な論法でグイグイと周りを巻き込んでは、鋼鉄の迷走ロードを爆走するロンバルディア騎士団長・ヴィクトワール。その急停止ボタンの位置を知らない以上、無駄な抵抗をすれば……弾き飛ばされて、轢かれてしまうのも、自明の理というものである。




