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カーバンクルとドルシネア(36)

「ふふ。これで、よし……っと。すみません、ラウールさん。少し、出かけてきてもいいでしょうか……」

「あぁ、早速手紙を出しに行くのかな。構わないよ。店番は俺がしていますから、ジェームズの散歩がてら行ってきたらどうだろう?」


 開店間際のアンティークショップ。そんな店のカウンターで嬉しそうにピーチピンクのシーリングを施した手紙を出しに行こうと、キャロルがウキウキして見せれば。ハタキ片手に、随分と人の気持ちを嗅ぎ取れるようになったらしい店主も、快く彼女を見送る。


(……お土産を買って帰ったのは、正解でしたね。あんなに嬉しそうにされれば、悪い気はしません)


 イエローアパタイトの()()()を懸念していたのも、どこ吹く風と……気分を上向かせては、珍しく鼻歌まで漏らし始めるラウール。今日の店主のご機嫌は麗しいこと、この上ないが……そんな彼の上機嫌はいつもの如く、大して長続きしなかった。


「……おや? いらっしゃいませ」

「お邪魔します……っと。わぁ……! 流石、あの洒脱なベントリー様が褒めるだけありますね。こんなに所狭しと、宝石が沢山……想像以上です!」

「は、はい? ……えっと、ご用件は鑑定ですか? それとも……買取ですか?」

「あぁ、鑑定をお願いします。ところで、あなたがこの店の店主?」

「そうですが……」


 表向きは初対面を慎重に通しながら、去り際に〈ずる賢い〉と評した相手と、こんなにすぐに再会するなどとは……夢にも思わなかったラウールにとって、それは悪い予感しかしない邂逅だった。


「鑑定して欲しいのは、この宝石なんですけど……」

「かしこまりました。尚、鑑定・鑑別は一律銅貨2枚が必要ですが、よろしいですか?」

「えぇ、結構です。それでお願いします」


 迷いもなくトレイに乗せられた宝石は、どこか夏の太陽のそれを思わせるほどに、鮮やかなオレンジ色をしており……見ているだけで、妙に暑苦しい。


「……これはサンストーンですね。それで……あぁ、なるほど。こいつは何かの賞品で頂いた物ですか?」

「その通り。私にとって、とっても大切な証明みたいな物なのです。なのだけど……残念ながら、正式な鑑別書がないものだから。奇跡の帰還を果たしたブルー・カーバンクルにあやかって、きちんと鑑別書を付けてもらうことにしたのです」

「左様でしたか。それでは……その鑑別書発行には別途、銅貨10枚が必要なのですけど。如何致しますか?」

「もちろん、そちらもお願いします」


 アッサリと銅貨12枚の支払いを即決した、敏腕ジャーナリストの動向を注意深く伺いながら。組成と成分を記して、いつも通りに鑑別書に自署をするラウール。サインの横にオマケでアカデミアの承認印を押下すれば、とりあえずは相手も満足するだろうか。


「はい、お待たせしました。では、こちらが鑑別書と……サンストーンはこの場でお返ししますね。こいつはなかなかにいい状態のルースです。しかし、ベゼルの出来があまりよろしくない。刻印がされているので、取り替えは難しいのでしょうけど……できれば折を見て、きちんとしたものにお直しする事をお勧めしますよ」

「あぁ、ご丁寧にありがとう。それにしても……フゥン、ラウール・ジェムトフィア様とおっしゃるのですね」

「そうですけど。それが、どうしましたか?」

「……なるほど。本名はやっぱり、グリードじゃないんですね」

「はい?」


 ゾワリと不穏な空気を纏い始めた、目の前の()()()を見つめれば。言葉の意図を証明するかのように、ルセデスが胸元から()()()()()()()()()、非常に見覚えのある()()()を取り出して……鑑別書の横に並べ始めた。


「……流石の大泥棒も、筆跡にはあまり気が回らないんですね。ほら……この“r”の引き際とか、“e”の流れ具合とか……そっくりだと思いませんか」

「そうですか? 言われればそう見える程度にしか、似ていないと思いますけど」


 左様ですか? ……と、どこか余裕のある表情を見せながら、今度は別の書面を取り出すルセデス。紙の状態からして、かなりの年代物らしいそれは……かつての怪盗紳士が遊び相手に出していた、お返事の手紙だった。


「ほら、これを見てください。いずれも同一人物のはずの怪盗紳士・グリードの手紙ですけど……こちらの古い方は私が頂いたものよりも、丁寧な印象を受ける文字ですよね。……もしかして、最近の招待状はあなたが代筆されているのですか?」

「まさか。たまたま、あの泥棒にゆっくりと手紙を書く余裕がなかっただけじゃないですか?」


 苦し紛れに弁明してみても、内心は冷や汗が止まらない。まさか……本当にこんな事で足が付くなんて。


「そう、ですか……まぁ、そういうことにしておきましょう。確かに、筆跡の()()()()はこじつけかも知れません。今日はこの位にしておきます。とはいえ……フフフ、またきっと用事ができると思いますので、その時は是非……歓迎してくださいね」

「えぇ、もちろんですよ。鑑定や鑑別のお仕事でしたら、いつでも歓迎致しますよ」


 彼の言う用事が何なのかが分からないが、様子からするに……多分、彼は気まぐれな猫よろしく、戯れているだけなのだろう。そんな風に強引な思い込みをしながら、ラウールにしては珍しいご都合主義を持ち出しつつ、努めて気分を落ち着かせる。やはり今回のお遊びに……メーニャン氏を気まぐれに招いたのは、どこまでも失敗だったらしい。

【おまけ・ガーネット について】

ルビーと並んで赤い宝石の代表格とも言える宝石で、モース硬度は約7.5。和名は「石榴石」。

硬度から一応、貴石の条件を満たしている……と思いきや。

ガーネットは豊富なカラーバリエーションが故に、組成によっては6.5程度になってしまうこともあり、貴石として扱われることが少ないように思います(個人感覚ですけど)。

ルビーと同様、ガーネットと言えば「赤い宝石」のイメージが強いですが、かつては「青以外の色なら全て揃う」とまで言われた、飛び抜けた色数を持つ宝石でもあります。

……の、はずだったのですけれど。

世にも珍しい「ベキリーブルーガーネット」が発見されてからというもの、青色までもカバーし始めたのですから、カラーバリエーションに関しては、他の宝石の追随を許さないものがあります。

とは言え、そのベキリーブルーガーネットは超が5つくらい付くほどの希少石。

やはり現実の世界でも、小説の世界でも、天然物の「ブルー・カーバンクル」は幻の逸品なのかもしれません。


【参考作品】

『青い紅玉/シャーロック・ホームズ』

『ドン・キホーテ』

『魚と指輪』


「ドンキ・ホーテ」ではありません。「ドン・キホーテ」であります。

「ドンキ」で切ると、例のディスカウントストアになってしまうのです。

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