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カーバンクルとドルシネア(35)

 決戦場所は3階のバルコニー。そのまま()()()を始めた大人達を他所に、言われた通りに1人で怪盗紳士を捕まえようと、単身乗り込むシャーロット。ベントリーはあろう事か……泥棒さえもを信じ切った様子で、根拠のない安心感と共に彼女を送り出したのだった。そんな泥棒如きに()()()()()()らしい情けない大人達に構ってられぬと、勢いよく飛び出せば。すっかり更けた夜空には、黄金色の丸い丸い満月がにっこりと顔を出す。


「言いつけは守れましたね。まずは、いい子いい子と……褒めて差し上げましょうか」

「こ、子供扱いしないでッ! 私はシャーロット・ホルムズ! 名探偵です!」

「メイ探偵のメイは……迷う方で合ってます?」

「なっ……!」


 わざわざ本人が意図しない方に誤変換をして見せては、さも愉快だと腹を抱えて大笑いし出すグリード。しかし……戯けた無邪気な様子とは裏腹に、今宵の怪盗は人を食った態度だけでは飽き足らず、随分と年も食って見える。


「……ちょっと、聞いてもいい?」

「おや、なんでしょう?」

「グリードって……歳、いくつなの?」

「あぁ、その事ですか。クククク。普段はかなり()()()していますからね。実年齢を明かすつもりはございませんが……そうですね。あなたのお祖父様よりは少し若い程度、と申し上げておきましょうか」


 彼の言い分によると、普段の姿の方こそ作られた物という事になるらしい。確かに、裏路地からシャーロットを抱え上げたあの時のグリードの面影は、目の前の老紳士には片鱗も残されていなかった。


「……そっか。そうよね。だって……グリードが新聞に載り始めたのって、30年くらい前みたいだもんね。う〜ん。年の差は考えるべきかしら……。あっ、でも! 普段はこの間の顔をしているのよね?」

「えぇ、そうですね。若くて格好良い方が、何かと便利ですから。逃げるにしても、取り入るにしても……美しいに越した事、ありません」


 本当は今の顔の方が()()なのだけど。グリードの老紳士っぷりは、仮面に仕込んだイエローアパタイトの効果で変身しているに過ぎない。

 「欺く」、「戯れ」……そんな意味を内包するこの宝石は、泥棒としても非常に都合のいい効果を発揮することから、重用したくもなるが。悪い事に、効果が及ぶのが表面だけではないのが、非常に厄介だ。変身という現実離れした効果に縋るのは、自身の現状さえをも否定し、深く欺く事に他ならない。故に……この宝石の力を借りた場合、その後の精神的な不安定の()()()に苦労するのは、前回のジェムトピースの時でも実証済みだったりする。


(まぁ、あの時は……キャロルの失踪も重なりましたけど……)


 陰鬱とした気分でカメオ・アビレを磨いていたのが今や、ちょっとした()()()()()なのかもしれないと……少しばかり気分を上向かせては、シャーロットの様子を伺っていると。そんな彼女の口から、こちらはこちらで現実離れしたお言葉が吐き出される。やはり、夢見がちなドン・キホーテはどこまでも現実と小説の境を見定めることができないらしい。


「だったら、私と一緒にいる時はあっちの顔で過ごせばいいのです! うん! そうです、そうしましょう!」

「は、はい……? あなたと一緒にいる時……? それは一体、どんなシチュエーションですか?」

「年の差なんて、関係ありませんッ! こうなったら、あっちの顔で私と結婚……」

「お断りです。先ほども申しましたが、俺には既に()()()()()()()相手が5人もいるのです。何が悲しくて、あなたのように好みでもなければ、魅力も乏しい子供を相手にしなければならないのです」

「そんなぁ! ほ、ほら! 有望なお嫁さんは先にキープしておいても、損はないと思いますよ!」

「……では、聞きますけど。あなたのどの部分が有望だとおっしゃるのです。探偵を名乗るにしては、推理は点でダメ。見た目も……ふむ、美しいとは言い難いですね。言動も支離滅裂で、非常識。事あるごとに大騒ぎしては、一緒にいて不愉快極まりない事、この上なし。そんなあなたのどこに……このグリードめを魅了する要素があるのです。大人を馬鹿にするのも、いい加減にしなさい」

「え、えっと……うぐ……。そ、そんな事ないもん……」


 今まで誰にも指摘されてこなかった辛辣な現実を並べて、ズバズバと滅多斬りにされれば……いよいよ、シャーロットもボロボロと涙を流し始める。

 そんな事、言われなくても分かっている。だけど、自分はとっても素敵で、可愛いヒロインなのだと思い込まなければ……あの時は生きていけなかったのだ。だから、彼女は自分を受容してくれない現実から逃げ出した。そして現実に戻らなくてもいいよと優しく抱きしめてくれた両親に、甘えに甘えて。そんな事を繰り返した結果……シャーロットはいつの間にか、自分にとって都合のいい世界でしか生きられなくなっていたのだった。


「……すぐに周囲に馴染むのは、確かに難しい事でしょう。しかし、ね。この世界はあなた中心で回っているわけではありません。小説みたいに、全てが全て都合よくできてもいません。不都合から逃げているだけでは、いずれ現実世界で生きていけなくなります。……親は決して、不老不死ではないのです。あなたを守ってくれるご両親がいなくなった時、あなたは野垂れ死ぬしかなくなりますよ。それでいいのですか?」

「だけど……私、よく分からないの……。自分の何がいけないのか。相手がどうして、自分を嫌うのか……」

「……俺には思い当たることが多過ぎて、逐一ご説明するのも疲れてしまうのですけど。しかし、相手に嫌われているかも、という自覚はおありなのですね。その自覚があれば、まぁ、上出来です。それはあなたが不都合をしっかりと認識した証拠でもあるのでしょうから……少しずつ、不都合とも折り合いをつける努力をすればいいでしょう。すぐに変わる必要はありません。自分なりに、少しずつ現実に歩み寄れれば、それでいいのです」


 それでは……ご機嫌よう。一方的にお別れを切り出しては、陽気にウィンクして見せると……最後に行き掛けの駄賃とばかりに、シャーロットのディアストーカーを引ったくって、屋根の上へと颯爽と消えていく怪盗。そんな一瞬の出来事に唖然としながら……ようやく遅れてやってきた現実に目を凝らしては、彼女らしく金切り声を上げる。


「あっ……アァァァァァ! 私の帽子がないっ! ちょっと、待ちなさいッ! この……若作りの泥棒ッ‼︎」


 シャーロットのどこか弾んだ叫び声がこだまする、ディテクションクラブのサロン。そんな会場の屋根上で彼女の声色にどこか、前向きな響きを遠くで聞いては……今回のお仕事の出来は70点だと、自嘲するグリードだった。

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