カーバンクルとドルシネア(33)
そうそう、こいつはこの場でお返ししますよ……と、手元で弄んでいたブルー・カーバンクルをカウンターに置きつつ、最後の仕上げに入るグリード。指先の青い輝きを何気なく転がしながら、本来であれば存在しないはずの哀れな人工ガーネットを一瞥する。
「今ここにあるブルー・カーバンクル は先程も申しました通り、人工ガーネットでして。全く別の素材から天然物のガーネットと同じ組成を持たせて作られ、紛れもない技術の結晶だとは思いますが……当然ながら、天然石として扱われることはありません。そう……宝石の場合は偽物がどんなに努力をしても、本物の輝きを得る事はできないのです」
「だ、だから何だというのだね? 第一……」
焦り始めたホッジスに掌を向けて静止すると、グリードがさも嬉しそうにクスクスと笑い始める。しかし……紫色の瞳には楽しげな輝きはなく、獲物を狙うような獰猛な鋭さを帯びていた。
「ですから、いくら努力しても素性を覆すことまではできないんですよ。いくら組成を同じくしたとしても、こいつは人の手で作られたイミテーション。あなたが本当はロンバルディアのローサン街出身だという事実が隠しきれないのと、同様に……こいつはどんなに磨かれたところで、夢のお供にしかなり得ないんです」
「な……! で、出鱈目だ! 私は歴としたスコルティア出身の……」
「中流貴族流れの孤児、でしたか?」
「そ、そうだ! 確かに、私には両親は既にいないが……いくら何でも、あんなに卑しい街で暮らした覚えは……」
勢いでそんな事を言ってしまってから、明らかに余計なお喋りもしてしまった事にすぐさま気づく、ホッジス。思いがけない暴露に、その場の全員一同が彼を驚いて見つめる頃には……手遅れの空気が漂い始める。
確かにローサン街は治安がやや悪く、はみ出し者が集まる場所だというのは有名な話でもある。しかし「あんなに」と言ってしまっては、彼はその街を知っているだけではなく、実際に歩いた事もあったのだと自白したに等しい。そんなドジを踏んだドンキー相手に、さも意地悪く肩を竦めては……グリードが最後のトドメと言わんばかりに、数枚の書状を取り出しして見せつける。それは、本来であればアントニー・ベルカン氏の金庫にあるはずだった、養子縁組の書面と保険金の約款だった。
「お、お前……! どうしてこれを……⁉︎」
「フフフ……なーに、ちょっとあなたのお住まいも家宅捜索させていただきました。すぐに破り捨てれば良かったのに……と、俺も最初は思いましたが。考えてみれば、これがないとアントニー様の遺産の取り分がなくなってしまいますものね。会社の経営危機を救うには、どうしても金が必要だった。だけど、あなたは既に自分の分け前は前倒ししてアントニー様に無心していたのでしょ? 相当な金額を、ご自身の会社の運営資金に充てていましたね?」
アントニー氏も最初は自らが手塩にかけて育てた門下生のお願いを、快く聞いていたのだろう。しかし、どんな事にも限度はある。度重なる用立てのお願いと、一向に回復を見せない経営状況に……頑固オヤジだったらしいアントニー氏も最後は彼を見放したのだ。そして……。
「グラメル様の筋書きとしては……ヘンリー様を殺人犯に仕立てれば、ここにある保険金は自分のものになる計画だったのでしょう。しかし、想定外にも……アントニー様の死は事件ではなく、事故として処理されてしまった。まぁ、それは無理もありません。晩年のアントニー様は重度の痛風だったようですから。階段で足を縺れさせたと考える方が自然です」
しかし、事件で片付けてもらえなければ、保険金はそっくりそのままヘンリーに渡ってしまう。ホッジスは受取人としては第二候補でしかなく、普段から人畜無害なはずのヘンリーは煩わしい以外の何者でもなかった。しかし、ここでヘンリーさえも亡き者にしたら、疑いの目は最も得をする自分に向くだろう。だから……ホッジスはブルー・カーバンクルを手土産に添えて、急遽ヘンリーに罪を着せるための工作に走ったのだ。




