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カーバンクルとドルシネア(32)

「……皆様はこんなお話を知っていますか?」


 誰に向けるでもなく、ニコニコと無邪気に笑って見せながら……「ヨッ」と陽気な一声と共に、ようやくカウンターから降りるグリード。そうして自身が吐き出した質問について一方的に呟きつつ、辺りに差し障りのない鋭い視線を投げかける。


「昔々、あるところに優れた予知能力を持った王様がいました。しかし、王様は予知能力で自分の息子が貧しい娘と結婚する運命にある事を知ります……」


 脈略のない話を突然、始めたかと思えば。少しばかり深みのある声で、大泥棒が朗々とお伽話を語り出す。そんな彼の声色は……その場にいる者を惹きつけて止まない、トロリと不思議な余韻を残し続ける。


「王様は先手を打って赤子だった娘を川に捨て、それでも彼女が生き延びて息子と結婚した後も……彼らを引き離そうとするのですが、運命は絶対に覆りません。最後の最後に、海に捨てられた金の指輪を探して来いと言う、王様の無謀な課題さえも、彼女は偶然に捌いていた魚の腹から指輪を見つけ出し、クリアして見せたのです。そうしてついに、王様は運命を変えるのは人の手に余ると諦め、娘を息子の王妃として迎える事になりました。さて……この童話に心当たりがある方はいませんか?」

「えぇと……確か『魚と指輪』だったかな? しかし……その話が、ブルー・カーバンクルとどんな関係が?」


 ルセデスが真っ先に童話のタイトルを答えれば、いかにも楽しげにニイっと笑って見せるグリード。口角の上がり切った口元が不気味ですらあるが……そもそも、この大泥棒は終始得体の知れない存在であるのだから、彼の不気味さは取って付けた物でしかない。


「ですから、運命を変えるのは難しい事だと言いたいのです。まぁ……その運命も突き詰めれば、選択の結果でしかないものですから、後から尤もらしい理由を見つけて諦めているだけなのかも知れませんけど。何にしても、ブルー・カーバンクルを葬り去ろうとしても、ベルカン氏とグラメル氏の契約と秘密は抹消できないと思いますよ。現に……クククク。ブルー・カーバンクルは、シャーロット嬢が魚の腹(ロンバルディア)から拾い上げて見せたでしょ?」

「父さんと……ホッジスの契約? えっと……それ、どう言う意味?」


 終始、ピンぼけした様子で首を傾げるヘンリー。一方で名前を挙げられた当のホッジスは、冷や汗が止まらない。何せ……ヘンリーの頭に、ブルー・カーバンクルと一緒に失くしてきたはずの、あのパナマ・ハットがしっかりと乗っているのだから。


「……ところで、ヘンリー……。それ、何処で見つけたんだ?」

「それ?」

「君の帽子さ。だって、この間……置き引きに遭ったって、嘆いていたじゃないか」

「あぁ、これかい? フフフ、ちょっと汚れちゃったみたいだけど……聞けば、ロンバルディアからわざわざ届けに来てくれた人がいたんだって。ロンバルディア、かぁ。何だか、学生時代を思い出すようで懐かしいね」


 ここにも、覆らない運命が1つ。最悪、見つかっても血痕と持ち主を洗ってもらえば……結果的にはヘンリーに罪を被せられると思っていたが、パナマハットは帽子らしく被られる事はあっても、持ち主に濡れ衣を着せる事はしなかった。その上、アントニー・ベルカン氏が「死因は急性脳梗塞」と殺人ではなく、事故死で片づけられた今となっては……帽子の存在は物的証拠にさえ思えて、忌まわしい以外の何物でもなかった。


「差し出がましい事ですが、少々……ヘンリー様の身辺をジャブジャブと洗わせていただきました。白状すれば、最初は俺もカーバンクルを持ち出したのは、ヘンリー様だと思っていたんですよ。かなりの失礼を承知で申しますが、ヘンリー様の小説は()()()()ですからね。お父様との確執を抱え込んでいたんじゃないかと、勘ぐりました」

「あは……結構、グサリとくるね。でも……まぁ、仕方ないか。僕は小説の才能もないみたいだから」

「ククク……でしょうね。だけど、嘘をつかずに見栄を張らなくて済むのも、一種の才能だと俺は思いますよ。あなたは少なくとも、人柄は申し分ない人材だったのでしょう。ですから、お父様はあなたに新聞社の方を任せられたのだと思います。上に立つ人間には、知性や才能も確かに必要でしょうけど……人柄や情深さに勝る要素もそう、ありやしません。それに……人間は身に余る虚栄心を持ち始めると、無茶をするものでしてね。挙句に、殺人までやらかしたら、おしまいです」


 物騒なことを言い出した大泥棒は、自身が萎縮させた空気を物ともせず、得意げに調査結果を披露し始める。

 実際のヘンリーとアントニーの関係は仲違いとは程遠く、とてもではないが、彼には父親を手にかける動機らしい動機が見つからなかった。仲が悪かったら親身に父親の世話を焼いたりしないだろうし、自宅療養などと言う迷惑極まりないワガママを許すこともなかっただろう。それなのに、ヘンリーは父親の拘泥と矜恃を誰よりも理解し、仕事さえも放り出していたのだ。


「ですから、俺はその献身具合を聞いて……ヘンリー氏は()()だと判断しました。そもそも、アントニー氏の家にヘンリー氏の帽子が落ちていても、親子なのだから何ら不思議じゃありません。ですが……それが家の外で、しかも()()()()で見つかったのなら、話は別です。誰もが、被害者の血痕をくっ付けた帽子の持ち主が、カーバンクルをアントニー氏から強奪したと考えるでしょう。……ですよね? グラメル様」

「な……どうして、そこで私に聞くんだ? まさか、お前は私がカーバンクルを盗んだ挙句に、アントニー・ベルカン様を突き落としたとでも言うのかね?」

「おや? 俺はアントニー氏は殺されたと思ってはいますが、突き落とされたとは言っていませんよ? 第一……アントニー様は“急性脳梗塞”で足を滑らせた事になっています。これのどこに……突き落とされたなんて、事実が転がっているのでしょう?」

「……そ、それは……よ、予想だ、予想! 貴様がさも殺人事件として扱いたがるから、そんな風に言っただけだ!」


 あぁ。なんて、頓馬で間抜けなドンキーなのだろう。グリードはホッジスのあまりに()()()な弁明に、更に嬉しそうに頬を歪ませる。さてさて……あと、もう1押し。ここはやはり、主役のブルー・カーバンクルにご登場いただいた方が手っ取り早いだろうか。

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