カーバンクルとドルシネア(31)
「さてさて、こうして皆様にお会いできたことは誠に光栄ではありますが……当然ながら、この大泥棒めは捕まるつもりはないですよ? 何せ、俺も子持ちですからね。きちんと稼いで、子供達の腹は満たしてやらねばなりません」
「……今、なんて? グリード……今、なんて言ったの?」
「おや? お嬢さんは俺が結婚しているのが……そんなにも、不思議ですか?」
「嘘……でしょ? って、えぇぇぇぇぇぇ⁉︎」
無論、真っ赤な嘘である。しかし、オーダーの1つ目は恋する乙女の夢を木っ端微塵に砕く事。そのためなら、このドルシネアは……嘘も御託も盛大に並べて、ドン・キホーテをしたたか袖にして見せましょうと、意気込みがてら下世話な話を振りまけば。忽ち、綺麗な綺麗な煌く世界がガラガラと崩れ落ち、シャーロットの心に瓦礫の山を作っていった。
「あぁ、ついでに白状いたしますと。妻は1人ですが、愛人は4人おります。で、子供はえぇと……うん、ついこの間1人追加されましたから、12人ですね。ハッピーバースデー、マイ・サーン♪」
「あ、愛人に……子供が12人⁉︎ で……この間増えた、ですってぇ⁉︎」
「えぇ、えぇ。それはそれはもぅ、彼女に似て本当に可愛い男の子で。ただ……たまにしか帰らないものだから、未だに父親認定されていないんですよねぇ。はぁ……いつになったら、パパと呼んでくれるのでしょう……」
愛人どころか、妻を持ったことさえないのだけど。そんなことを嘯いている間に、自分の継父のことも思い出しそうになって、身の上話は程々にしておこうと、話題を切り替えてみる。とりあえず、お楽しみは最後にとっておくに限る。
「まぁ、俺のことはさておいて。今回のメイン・オーダーはブルー・カーバンクルの盗難経路の洗い出し……でしたね、ベントリー様。それで……いかがでした? 先ほどの謎解きで何となく、ご理解いただけたんじゃないかと思いますが」
「そうだね。流石は何でも見つけ出すと言われる怪盗紳士……だな。まだ、明言はされていないが……あれだけしつこく、ブルー・カーバンクルのショーケースを開け閉めさせられれば、嫌でも気づく。ブルー・カーバンクルを持ち出した犯人が、ディテクションクラブの会員だって事くらいは……」
「お、お祖父ちゃん⁉︎ それ……どういう事?」
「ごめんよ、シャーロット。なんとなく、ワシには分かっていたんだ。ブルー・カーバンクルがどうして持ち出されたのか。そして……誰が犯人なのか」
「会長、それ……本当ですか?」
「うむ、本当だよ、ヘンリー。ワシとて、伊達に推理小説愛好クラブの会長は名乗っておらん。専ら、読み専ではあるが……それなりに知識はある」
そこまで宣言して……さも悲しげにため息をつくベントリーを尻目に、ブラブラと楽しそうに足をバタつかせては、お行儀悪くカウンターに居座るグリード。どうも、今日の彼は殊の外、悪戯好きらしい。意地悪い笑みを口元だけで作って見せては、ベントリーの解説を引き取って自信満々に展開し始めた。
「そう、あのショーケースは鍵だけでは開かない特注品。流石、一流作家揃いのディテクションクラブのコレクションケースとでも言うべきですか? 俺も開けるのには結構、苦労しましたよ。何たって……秘密箱仕立てのショーケースなんて、滅多にあるものじゃありません。あれは所定の方法を知らない者が、ケースを叩き割らずに開けるのは不可能な逸品です。フフフ……かれこれ30年程泥棒をやってますけど、ここまで手の込んだケースは初めてでした。本当に、いい勉強になりましたねぇ」
それなのに、犯人はショーケースを叩き割る事なく……ブルー・カーバンクルを外に持ち出して見せたのだ。だとすれば犯人は解錠手順を知っていて、かつ、ショーケース自体の価値もしっかりと認識している者、という事になる。
「ブルー・カーバンクル自体には、宝石としての価値はありません。あくまで、こいつは模造ガーネットの一種でしかありませんから。しかし……先代にとっては、ちょっとした象徴の意味もあったのでしょう。だから……犯人はそれを傷つける意味と、約束を反故にするつもりで持ち出したのだと思いますよ。きっと、犯人は最初からブルー・カーバンクルを売り飛ばすつもりなんて、なかったんでしょうよ。でなければ、わざとらしく隣国にまで出向いて……しかも、友人のフリをしてまで強盗に遭うなんて真似はしません」
そう、あの時……アニーお婆ちゃんがあの人達と複数形で帽子の持ち主に言及したのには、本来の持ち主と当時の持ち主が違うことを示唆していたのだ。
帽子はサイズが合っていなければ、ひたすら不格好でしかない。まして、そんな高級品ともなれば……おいそれと風で飛ばされないように、サイズはピッタリで作るのは当然でもある。それなのに、宝石の落とし主はそんな高級品をいとも容易く、置き去りにして見せた。まるで証拠を残すかのように、しっかりと被害者の血痕までくっつけてみて。おそらく、犯人はロンバルディアのローサン街の存在をもよく知っていたのだろう。
訳あり住人が寄り合う、無法地帯。そんな場所でカーバンクルを落としさえすれば……2度と表舞台に戻ってくるなんて事はないと、高を括っていたのだ。




