カーバンクルとドルシネア(29)
「う〜ん……メーニャン氏を招いたのは、失敗でしたか? こうもアッサリと謎かけをクリアされてしまうと、味気ないではありませんか」
ゴールで一行を待ち構えながら、盗聴器越しにご一行の様子を窺っては……鼻を鳴らすグリード。馬とロバの読み換えでシャーロットが躓く場合は、追加のヒントも用意していたのに……と思いながらも、再会を今か今かと待ちわびる。と、言うのも……被疑者を先んじて捕まえてしまったとあっては、待ちぼうけも甚だしい。本当はご一緒に参加されるついでに、悔い改めていただこうと思っていたのに。
「ククク……どうしました? そんなに睨みつけられたら……流石の俺も照れてしまいますよ」
「……これは何の冗談だ、グリード! この私にこんな事をして、タダで済むと思っているのか⁉︎」
「おや? その熱視線は、この泥棒めに見惚れているからではない? ……ま、この見た目では仕方ありませんか。今日は変装なしの真剣勝負ですからねぇ。それなのに、俺の邪魔するような真似をするからいけなんですよ。出しゃばりなドンキーに縄を打つのは、当たり前でしょ?」
大泥棒のお誘いに過剰反応したのは何も、シャーロットだけではない。今まさにグリードの目の前で……後ろ手でお縄にされているホッジス・グラメルも、初恋の香りで炙り出された1人。そして彼は持ち前の先見の明で、正確かつ明晰に、自身の非常事態を嗅ぎ取ったのだろう。証拠隠滅とばかりに、あろう事かグリードよりも先にお宝に手をつけようとしたのだから……それに対するお仕置きは、当然と言うものだ。
「……おぉっと、次のお題も見事にクリアしましたか。う〜ん……鶏からガチョウの変換は難しいと思ったんですけどねぇ。この辺りは、ブルー・カーバンクル由来のネタですから……当然と言えば、当然ですか?」
「さっきから、ブツブツと不愉快な……。おい! それよりも私の縄をサッサと解かんか!」
「えぇ〜? イヤですよ〜。新米の泥棒をみすみす逃すなんて、大先輩の名が泣きます。それに……クククク! ご心配なさらなくても、大丈夫ですよ。彼らもきっと……後2つばかりの謎を解いたら、あなたの悪事に気付かれるでしょうから」
「私の……悪事? ハッ、何を根拠にそんな事を! 私が何をしたと言うのだね⁉︎」
強がるのも今のうち。ヘンリーの頭に確固たる証拠が乗っているのを、彼は未だに知らないのだろう。そのあまりの間抜け具合に、さもお笑い種だとグリードは肩を竦めて見せる。兎にも角にも……この調子であれば、自分の出る幕はなさそうか。だとすれば……ここはロバとお喋りを楽しみながら、首を長くしてみるに限る。
***
えぇと次は……餌袋?
グリードのヒントを追って、気がつけば……シャーロット達はまた空っぽのショーケースの前に戻って来ていた。と、言うのも……次のヒントがブルー・カーバンクルの台座の下に仕込まれていたからである。フカフカの分厚いビロードをガチョウの寝床に見立てたつもりらしいが。その行ったり来たりの道案内は、人を喰ったやり口にも程がある。
“ガチョウの餌袋にお宝を忍ばせたのはいいけれど。餌袋が破れていて、泥棒は盗んだ帽子を使わざるを得ない。だけど頓馬な泥棒は、帽子ごとお宝を盗まれた。さぁ、困ったぞ。あの帽子にはまだ証拠が残ってる”
「あの帽子……って。まさか、また……ヘンリーの帽子か?」
「えぇっ? グリードは僕の帽子が、そんなに気になるのかなぁ」
「ヘンリーさん! その帽子……もう一回、見せてください!」
「うん……。でも、他に何があるのやら……」
お宝のキーワードが示すのは間違いなく、ブルー・カーバンクルそのもの。そして……片や、帽子はやっぱりヘンリーの帽子なのだろうか? そんな事を考えながら、シャーロットとルセデスがマジマジと帽子を見つめるが……それらしい紙切れはもう、残っていない。しかし……。
「……ヘンリー、ちょっといい?」
「うん?」
「この帽子のココ。……元々、シミなんてあった?」
「いいや? シミなんてなかったと思うけど……って、本当だ。これ……いつのシミだろう?」
雨の日には被ったこと、ないんだけどなぁ。なんて、ゆったりとした口調でヘンリーが首を捻っている横で……そのシミが何なのかにも咄嗟に気づく、ベントリーとルセデス。まさか、この茶褐色は……。
「……これ、もしかして血痕?」
「かも……しれんな。それはそうと、ヘンリー。この帽子を失くしたのは、いつだった? どこで失くしたか、分かるか?」
「えぇと……そう言えば、僕はこの帽子を被って外に出たの、今日が初めてなんですよね。ただ、父さんに見せた後からないから……帰り道で落としたんだろうけど。だから、失くしたと分かった時は結構、切なかったなぁ。何せ、この帽子で一度もお出かけできていなかったのだし」
と、言うことは……帽子がなくなったのは、彼の実家である可能性が非常に高い。ヘンリーは帰り道かもと言ってはいるが、今日が初めてのお披露目と言うことであれば、その日はパナマ帽を被るような陽気ではなかったのだろう。パナマ帽は携帯するにも都合よくできているもので、使わない時は折りたたんで鞄に忍ばせるのが常である。そんな鞄に忍ばせていたはずのパナマ帽だけを、いくらヘンリーでも器用に外に落とすとは、考えにくい。
(あぁ、やはり……そういうことかの。彼はブルー・カーバンクルの盗難経路の種明かしついでに……事実を明るみに出すつもりらしい)
確証はないけれども、心当たりはある。そんな血痕の主に思いを馳せては、ヒントが示す次の場所へ自ら案内役を買って出るベントリー。おそらく、次がゴール。謎解きゲームの最終地点となるに違いない。




