カーバンクルとドルシネア(27)
今回は泥棒ではなく、人助け。しかも、とっても自分の趣味に合う最高のエンターテインメント。舞台は警備員も警戒心もお留守のディテクションクラブともなれば、下準備の首尾も上々。
そんな何もかもが順調な最高のソワレを前に、主演男優……もとい、ドルシネア姫は屋根上で登場シーンの趣向に悩んでいた。やっぱりブルー・カーバンクルにヒントを添えた方が、ゲストのご期待に沿えるだろうか。
「さて……と。そろそろお時間ですかね。クックック……ゲストも足並み揃えてお出迎えみたいですし、こんなに楽しいお仕事は滅多にないかな?」
やや1名が予想通りの不穏な動きをしているが、それもどこまでも想定内。やはり、実業家というものは自分の会社を守るために、かなりの事ができるものらしい。今回のブルー・カーバンクル盗難も悪あがきの一環だったのだとすれば、それはそれでご愁傷様……と言うべきなのだろうが。兎にも角にも、今夜はドン・キホーテの門出を祝すついでに……盛大にお悔やみを申し上げて、進ぜましょう。
***
結局はホッジスが現れないままの、展示スペース。しかし、怪盗紳士というものは常に時間には正確なものらしい。そんな予告通りに現れた怪盗の悪戯で、会場が突如暗転したかと思うと……どこからともなく、嗄れた声が聞こえてくる。
「今宵は泥棒めのお遊びのためにお集まり頂き、至極恐縮でございます。今回、私めがご用意したのは面白おかしい謎解きゲームとちょっとした悪夢。これから皆様にはゲーム攻略のヒントを差し上げます……」
「グ、グリード! どこなの⁉︎ 姿を見せなさい!」
ただただ声を響かせるばかりで、一向に姿を見せないドルシネアに焦る、ドン・キホーテ。そんな彼女の金切り声を合図に会場が光を取り戻したかと思うと、彼女達の目の前には空っぽのガラスケースと、お宝の代わりに指令状が置き去りにされていた。そうして忽然と現れた紙切れの残り香をフンフンと嗅ぎながら、シャーロットがようやく指令を読み上げる。
“青い竜の寝床は熱帯林の中。その寝心地は殊の外、涼やかで心地よく。黒いリボンでおめかしすれば、瞬く間に上機嫌”
「……これ、どういう意味かしら……」
「どれどれ……? カーバンクルの寝床……とな?」
少女1人と大人3人で手元のヒントを見つめては、首を捻る。とは言え、今回のゲストには鬼才の推理小説家が含まれているとあれば……最初の答えを辿るのには、そう時間もかからなかった。
「そう言えば、ヘンリー。パナマ帽、また新調したのかい?」
「いいや? どうやら、こいつをご丁寧に届けてくれた人がいたみたいでね。置き引きに遭ってから、諦めていたのだけど……店の方に届いていたものだから、こうして無事に取り戻せたんだよ」
「そうだったのかい? ねぇ、君。ちょっとその帽子……見せておくれよ」
「うん? あぁ、いいよ」
不思議な事を言い出したルセデスに、何の疑いもなく自分の頭に乗っていたパナマ帽を手渡すヘンリー。そんな渦中のおめかしさんの黒いリボンを見つめれば。タグの裏に何かが挟まれているのが見える。
「……いつの間に……? どうして僕、気づかなかったんだろう?」
「この不可解さこそがっ、怪盗紳士たる者の手口というものなんだろう。あぁ、なるほど。彼は……僕達にヒントを順番に与えるつもりなんだね。ほら……これ」
“その小説は誰のため? ドン・キホーテには駄馬がお似合いだけど、この際、蒸気自動車はいかがでしょう?”
「今度は蒸気自動車……か。ベントリー様、この辺って自動車メーカーありましたっけ?」
「いや、ないな。そもそも、この一帯は文化街だ。商業地区とは離れている」
「だとすると……う〜ん。この場合に注目するべきはドン・キホーテの方か……? 推理小説でもないけど、どうしてこの名を出してくるんだろう?」
「蒸気自動車……。ホッジスがこの場にいればなぁ」
何だかんだで一番ゲームに乗り気なルセデスの横で、ヘンリーがポツリとそんな事を呟く。きっと彼は何の気なしに、友人の名前を出したのだろうが……彼の呟きはルセデスに閃きを与えるのには、十分だった。
「あぁ、なるほど。次は……ホッジスの小説を探せと言いたいんだな。シャーロットちゃん。きっと次のヒントは書架です。早速行きましょう!」
「う、うん! でも……お祖父ちゃん、このクラブって……書架らしい書架って、あったっけ?」
「1箇所だけ、あるが……どうして、彼がそんな場所まで知っているのやら」
その先は秘密主義で雁字搦めになっているはずの、非公開スペースなのだけど。そんな事を考えながら、仕方なしに興奮冷めやらぬ3名様のご案内係をさせられる、ベントリー。ある意味で、あまりの辛辣なやり口に……やはり想像以上に怪盗紳士は意地悪なのだと、ベントリーは考えを改めざるを得なかった。




