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黒真珠の鍵(15)

「そうか……やっぱり、あの鍵は……」

「……兄さんも予想していた通り、かなりキナ臭い物だったみたいです。もしかしたら、例の未確認飛行物体が墜落した原因と何か関係があるのかもしれませんが……俺も流石にそこまでは調べられませんでした。だけど、ロンディーネ侯爵はある程度その事実も知っていて、彼らに仕返ししたんじゃないかと思いますよ?」

「仕返し……?」


 弟が出してくれたコーヒを啜りながら、テーブルに置かれている黒い手帳を見つめるモーリス。その無機質な証人の存在に、コーヒー以上に苦々しい気分になりながらも手を伸ばし……試しに1ページ目の文字を追ってみる。


「……これ、ロンディーネ侯爵の物じゃないと思うけど、気のせいか?」

「いいえ? それは紛れもなく、ロンディーネ侯爵の手記ですよ。ただ……先先代の、という()()が付きますけど」

「あぁ、だから日付がこんなにも前なのか。それにしても、これ……どこにあったんだ?」

「そいつはとある方のお部屋から、失敬してきました。あの部屋は元々、ロンディーネ侯爵のお爺様がコーヒー農園を経営していた時に使っていた部屋みたいでしてね。……刑務所長の金庫に、しっかりそいつも保管されていましたよ?」

「……全く、手癖の悪さは相変わらずか。しかし、なるほど。モーズリー矯正監はこれを読んで、あれの存在を知ったわけか。そして労働力としてだけでなく、発掘資金の調達も兼ねて……囚人達を使っていたんだな。だけど……」

「えぇ。あれは間違いなく、()()()()()()が触れちゃいけない代物でしょうよ。あの鍵は特殊なタール原料を加工した物には違いないのでしょうけど、製造方法は分からない、と手記にも書かれてはいます。ただ……あれがお仲間を作りたがる傾向については、しっかりと考察されていたみたいですね。……あの鍵には熱を持つと、原料を取り込む性質が見受けられました。おそらく、あれのオリジナルは……」

「……行方不明だった、軍艦の元持ち主達……ってところかな?」

「ここからはあくまで、推測でしかありませんが。あの軍艦が墜落した原因は熱暴走だったんじゃないかと、俺は思っています。……あの日、あの扉の原理はまだきちんと生きていました。それは要するに、あの軍艦自体もまだ原動力を失っていない事になるのでしょうけど……だけど、そんなまだ生きている軍艦が、なぜかあんな所で埋まったままになっている。だとすると、あれをきちんと使える持ち主はとっくに途絶えていて、鍵の本来の原料は熱暴走に巻き込まれて、命辛々逃げ出してきた元住人だったと考えるのも……手記の内容を見る限り、大きく外れてはいないんじゃないかと思います。鍵自体はロンディーネ侯爵家が3代に渡って厳重に保管してきたものみたいですし、当時の侯爵だったお爺様はきっと……逃げてきた彼らを助けようとしたのでしょう。その()()があの鍵だったのだから、とっても皮肉な事だとは思いますが。……何れにしても、侯爵様達はあの鍵を絶対に使ってはいけない事を知っていたんだと思います。それをわざわざ、執事の目に触れるようにご夫人に託したのですから……エルメルは元より、この手記の存在を知っていたモーズリーは飛び上がって喜んだに、違いありません」

「仕返しって、そういうことか。しかし……そう言えば、モーズリー矯正監とエルメルは一体、どういう関係だったんだろうな?」

「さぁ? それは俺にも分かりませんけど……ただ少なくとも2人とも、もう生きていないと思いますよ? それに、もしかしたら……ま、そんな気味の悪いことを、朝から考える必要もないですか。あぁ、そうそう。そう言えば、兄さん。今日の朝食がどこか豪華なのに、気付いていましたか?」

「もちろん気付いていたよ。……このコーヒー、かなりの上物みたいだな。どうしたんだ? また買ってきたのか?」


 今回はあらぬ疑いを掛けられなかったことに満足げに頷くと、戸棚から何かの缶を取り出して、モーリスの前に差し出すラウール。少々ノスタルジックな色味をした缶には、青空のエンブレムに1羽のツバメが舞う模様が描かれていた。


「……ツバメコーヒー……?」

「こいつは今流行りの、オーガニック物のコーヒーですよ。その中でも、最もグレードの高いものを返礼品として頂いてきました。ちょいと俺も()()()()の真似をして、いつもとは違う場所に金をばら撒いてみたくなったんです」

「あぁ、そう言うことか。ロンディーネ侯爵の寄付の先は……コーヒー農場だったんだな」

「それもありますが、ロンディーネ侯爵は生前にとあるコーヒー農場を従業員ごと、買い取っていました。それがこのツバメコーヒーの生産元であり、今はその農場で新しい女主人も汗を流している頃だと思いますよ。何せ……ロンディーネ侯爵がわざわざご夫人に残した農場ですもの。これから先はきっと、遺志を継いでくれるんじゃないかと思っています」

「ふーん……お前にしては、随分と珍しいな。あんなに毛嫌いしていたのに、貴族様を助けるなんて。何かあったのか?」

「別に? 俺の気まぐれは今に始まったことじゃないでしょ? ……ただ、ちょっとだけ可哀想になっただけです。騙された挙句に、あんな場所に連れて行かれて、彼女はさぞ怖い思いをしたことでしょう。それにね……あの場所で彼女が唯一、どこまでも()()()()()だったんですよ。あの光景に人間らしく怯えて、目の前で燃えていった彼らのために、涙を流して。……だから、最後の最後に助けてやりたくなった……ただ、ひたすらそれだけです」

「そうか。そういう事なら……僕はこれ以上何も言わないし、お前が無事なら十分だよ。うん、それでこそ……僕の自慢の弟だ」


 そう言いながら、いつもよりも上等な香りを振りまくコーヒーを啜りつつ、柔らかく微笑むモーリス。そんな兄の言葉に嬉しそうにクスクスと笑いながら、ラウールは何の気なしに、窓の外に広がる雲1つない空を見やる。そうだ、今日もきっと……畑仕事には、もってこいの1日になるに違いない。

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