カーバンクルとドルシネア(26)
まさか、お祖父ちゃんとディテクションクラブのメンバーにも招待状を出していたなんて。しかも……私のと同じ、香り付きのインクで。
そんな些細な事を早々にガッカリしながら、それでも憧れの怪盗紳士と会えるとあれば、逸る乙女心の制御は不能。いつも以上にキラキラ眼のシャーロットの一方で……片や、ベントリーは自責の念に駆られていた。
(フゥム……怪盗紳士というものは、調査にも長けていると見える。まさか……犯人探しにワシも参加させられるとは、思いもせなんだ)
きっと追加で自分含む4名の招待状を出してきたのは、ブルー・カーバンクルの盗難経路が思わぬ事実に繋がっていたからだろう。その事実を、ベントリーも最初は墓場に持ち越すつもりだったのだが。親友から託されたお願いを全うする事を考えれば……秘密主義の方こそ、いらぬお節介というものだ。
意図せず残されてしまった既成事実と軌道修正とを天秤にかけた結果、ベントリーは若者の未来の方を取ることにしたのだった。……しかして、自分の選択が正しかったのかというと、それも違う気がする。特に……このやり口は悪辣だと自嘲せざるを得ない。
「お祖父ちゃん! それはそうと、先週の事だけど……」
「うむ? シャーロット。どうしたかね?」
「突然、お店にお邪魔して、迷惑だった?」
「いいや、そんな事はない。ワシもシャーロットの元気な顔を見られて、嬉しかったよ。それこそ……昔みたいに走り回るなんて事はなかったようだし」
「そっ、それは……もう、卒業したもん」
だから子供扱い、しないでください! ……と、ちょっぴり頬を膨らませて見せても、シャーロットが今宵の一大イベントに心を躍らせているのは明らかだ。そして、怪盗紳士主催のゲームに胸を躍らせているのは、シャーロットだけではない。追加の参加者……ヘンリー・ベルカンとルセデス・メーニャンもまた、怪盗紳士のご登場を今か今かと待ちわびている。
「ルセデス、とっても楽しみだね! あのグリードと直接会えるなんて、思いもしなかったけど。……サイン、もらえるかなぁ」
「全く……ヘンリーは相変わらず、ミーハーなのだから。でも……フフフ、かく言う僕もグリードのサインは欲しいかな」
「そうだろう! そうだろう! あぁ……父さんが生きていたら、きっと大喜びしただろうに……」
小説の才能はないが、人当たりは良好なヘンリーが嬉しそうに頬を染めている。そうして、そんな友人の様子にこちらも嬉しそうに笑いを漏らすルセデス。そんな彼らの様子を見比べては……アントニーの人選自体は間違っていなかったのだと、ベントリーはこっそりとため息をつく。
ルセデスは今でこそ、一流ジャーナリストととして名を馳せてはいるが、彼の出身はアントニーが才を見出して、大学まで面倒を見た門下生だったのだ。そして、アントニーがルセデスを手厚く歓迎したのには……一重に、少々頭の鈍い息子の行末を思っての事だった。
「それにしても、ホッジス……遅いなぁ。こんなにワクワクする出来事があるというのに……」
「仕方ないさ、ヘンリー。なんたって……ホッジスは一流企業の社長だもの。グリードよりも、会社の方が大事なんだろう」
「そっか……僕だったら、仕事なんてほっぽり出しちゃうけどね」
その場にやって来ていない招待客は残すところ、ホッジス・グラメルのみ。彼もまた、アントニーが手塩にかけて育てた門下生であり、気鋭の推理小説作家ではあるが。最近は新しい自動車の開発に忙しいらしく、ディテクションクラブからも足が遠のきがちだ。
「……お祖父ちゃん、怪盗紳士って……本当に人気者なのですね」
「そうだね。しかし……彼の場合は人気者になるべくしてなったのかも知れんな」
「そうなのですか? 相手は格好良くても、泥棒ですよ?」
「おやおや。それじゃぁ……そんな泥棒に恋をしたのは、どこのオマセさんだね?」
「そ、それは……」
まだまだ子供らしさが抜けない孫娘をからかってみては……今回のオーダーはちょっと意地が悪かったかなと、ベントリーは遅すぎる後悔をし始める。招待状の寄越し方からして、彼も相当に秘密主義者だろうと踏んではいるものの。意地悪さ加減に関しては……やはり、どこまでも未知数だ。




