カーバンクルとドルシネア(25)
オーナーにお届け物があったので、老舗文房具屋に足を運んでみるラウール。昔から何かと縁もゆかりもある高級文房具店の持ち主が、まさにベントリー氏だったとは思いもしなかったが……当然ながら、今回用事があるのはディテクションクラブ会長側のベントリー氏だ。会長相手に小間使いとは、いい度胸だと自分でも考えるが、この場合はあまり猶予がない。ここは最速ルートを使って、お手紙を配達するに限る。
「この封書をオーナーにお渡しいただけますか?」
「これは……?」
「ベントリー氏から頼まれていたものみたいですね。とは言え……俺も小間使いなものですから、中身までは知りませんけど。秘密主義っていうのは、推理小説愛好家にはつきものみたいですね?」
店長だとやってきた紳士にそれっぽい事を嘯きながら、封書を押し付ければ。彼の方も、オーナーの素性をよくよくご存知なのだろう。あぁ、なるほど……と、いかにも秘密めいた笑顔を漏らしながらも、快く配達のお手伝いを引き受けてくれるらしい。
「かしこまりました。でしたらば、この秘密文書は私の方で社長にお渡ししておきましょう。あいにくと今はおりませんが、午後にはお見えになりますから」
「そうですか。えぇ、それで大丈夫だと思います。……本当に急ぎなら、こんな成り行き任せのレトロな真似はしないでしょうし」
「ハハハ、確かにそうですな。お急ぎでしたら、それこそ……当店自慢のレターバッグで速達に出された方が、圧倒的に確実でモダンなやり方というものでしょう」
商売っ気を出しつつも、洒落の利いた店長の返しに気分を良くすると、折角なのでちょっとしたお土産を選ぼうと店内を見渡してみるラウール。自分自身は先代の趣味を何となく引き継いでいるだけでしかないのだが、こういう紙雑貨類は年頃の女の子が好きな嗜好品に違いない。
(確か、キャロルはジョゼットさんと文通をしていると言っていましたね……)
そんなルーシャムでの無駄な顛末を思い出したついでに、彼女にはそれらしい文房具を与えていなかった事にハタと気づく。普段使っているペンはモーリスのお古だし……お勉強のためのメモだって、ただ雑多なお知らせやチラシ類の裏紙を再利用した粗末なもの。だとすれば、レターセットの他に筆記用具とノートくらいはプレゼントしても、バチは当たらないだろう。それにしても……。
(うぅむ……シーリングワックスの色はどれがいいんでしょうねぇ……。キャロルは何色が好きなんでしょうか……)
自分だったら、迷わず黒か緑を選ぶのだが。しかし、彼女にまで自分の好みを押し付ける必要はないだろう。えぇと、彼女は普段、どんな色の洋服を着ていたっけ……。
「あぁ〜! こんなところで、モーリスさん⁉︎ ……あっ、違いますね。このゾクゾクきちゃう視線は……」
「……えぇ、ご名答。俺は凍てつく視線のラウールの方です。お生憎様でした」
普段の相棒の姿を鮮明に思い出そうと、フル回転し始めた思考が……シャーロットの一声でプツリと途切れる。そんな頓狂な声の主を忌々しげにジットリと見つめては、さも疲れたと息を吐く。今日はついでのあなたのために、足を伸ばしたのに。どうしてこうも毎回、邪魔をしてくださるのでしょう。
「それはそうと、こんな所で名探偵さんが何をしているのです」
「素敵なお手紙を貰ったので、お返事を書こうとレターセットを探しにきました! それで……フフフ、ちょっとその方とインクをお揃いにしようと思って……」
「お、お揃い……?」
「そうなのです。あの甘酸っぱい香りは、この店自慢のインク……ロマンス度No.1のPremier amour……“初恋”の香りなのです! そんなインクを選んでくるのですから……これはきっと、恋へのお誘いに違いありません……!」
「そ、そうでしたか……(そんなつもりは微塵もありません……!)」
継父の文房具をただ漠然と利用しているラウールにしてみれば、インクのラベルは眼中にも入らない。しかし……考えてみれば、シャーロットはここのオーナーの孫娘でもある。この店の文房具を愛用しているばかりか、ややもすると、全てを知り尽くしているかも知れない。そんな手練れ相手に、軽々しく気取ったインクを使った事を、盛大に後悔するラウール。まさか、こんな所で足が付くなんて。
「ところで、ラウールさんは何を探しているんですか?」
「あ、あぁ……キャロルにレターセットを買って帰ろうと思いましてね。最近、文通友達ができたみたいですからちょっとお洒落なものを使った方が、文通も盛り上がるというものでしょう。とは言え……こんなにもシーリングワックスの色があると、流石に悩みますねぇ」
「そうだったんですね。……えっと、だとすると……キャロルさんには、このピーチピンクがいいと思いますよ?」
「おや……どうしてです?」
ラウールが散々悩んでいた色選びに、スパリとシャーロットがいとも容易く答えを示す。彼女曰く、オレンジだとやや元気すぎるが、かと言って純粋なピンクはちょっと派手。なので、彼女のイメージ的にはその中間色がいいだろう、という事だそうな。しかし、図らずも……シャーロットが選んだシーリングワックスは、ものの見事にパパラチア色をしていて。彼女の的確な選択に、思わずラウールもなるほどと唸る。
「……確かに、この色であればキャロルにぴったりです。やっぱり、雑貨選びのセンスは女の子には敵わないですねぇ」
「ふふん! そうでしょう、そうでしょう! もっと褒めてくれていいのですよ? なんたって……私は名探偵なのですから!」
あぁ、そうでしたね……と、名探偵を迷探偵と心の中で誤変換しつつ。この間金欠だと嘆いていた彼女にも、品選びのお礼にレターセットを選ぶように言ってみる。そんなラウールにしてはあまりに珍しい提案に、目を輝かせて喜ぶシャーロット。彼女とは無駄に馴れ合うつもりも、戯れ合うつもりもないが。依頼主から頂いた報酬で……たまには少女達に夢を振り撒くのも悪くないと、ラウールは考え直すのであった。




